今回は、不発に終わった「高濃度カリウム製剤」の誤投与を防止するためのアィディアについて、プレフィルドシリンジとの関わりを含めて説明します。
薬液を注射筒(シリンジ)にあらかじめ充填した製剤の登場
1999年12月、製薬会社の「テルモ」から、高カロリー輸液用総合ビタミン、補正用電解質やブドウ糖を注射筒(シリンジ)にあらかじめ充填した「プレフィルドシリン
ジ」という製剤が発売されました。
この製剤は、アンプルやバイアルから薬液をシリンジに抜き取るプロセスがないことから、①抜き取る薬液の間違いの防止、➁注射筒への医薬品名の記入(医薬品名シール貼り)作業の軽減、③シールの貼り違いの防止、さらに、④抜き取り操作時の汚染防止に有効なのでは・・・と考えました。
また、使用後のシリンジを残しておくことで、その薬液の使用量を確認できます。これは、注射用製剤の混合後の確認に役立つ・・・と思いました。
プレフィルドシリンジ製剤の作業効率の検討
まず、プレフィルドシリンジ製剤は作業効率を改善するかどうかについて、人間工学的視点から検討を試みました。土屋文人先生から、金沢工業大学の小松原明哲教授(現 早稲田大学)を紹介していただき、看護部(消化器外科)のご協力を得て、金沢大学病院で実施しました。作業者は、経験年数がほぼ同じの看護師と薬剤師にお願いしました。2001年11月19日のことです。
その模様を NHK金沢放送局が取材に来られ、後日、ローカルニュースで放送されました。
● この結果は、次の論文にまとめました。
アンプル法とプレフィルド・シリンジ法による注射剤の混合プロセスにおけるリスクと作業効率の比較分析
古川 裕之, 小川 充, 坂尾 雅子, 和田出 静子, 土屋 文人, 小松原 明哲, 宮本 謙一
医療薬学。29(3): 270-278, 2003
当時、消化器外科病棟での注射剤の混合作業の大変さ感じていました。価格は高くなりますが、この検討結果を元に、「混合作業に要する人件費」と「医療安全」を根拠に、看護部の応援を得て、「キット製剤」や「プレフィルドシリンジ製剤」の院内採用を進めました。
当時、注射剤の混合業務を看護師と薬剤師どちらが行うにしても、「作業プロセスを簡単にする」ことが重要と考えていました。
“視覚”以外の感覚(触覚と嗅覚)を、エラー対策に !!
毒薬でも劇薬でもない普通薬の「塩化カリウム」と「アスパラギン酸カリウム 」。使用目的は、電解質「カリウム」の補給です。
そんな「カリウム」ですが、高濃度の注射用製剤を静脈内に急速投与すると心停止を起こすことがあり、死亡例も何度か報告されています。
塩化カリウムのプレフィルドシリンジ製剤(KCL注キット)を発売したテルモ社も、誤投与防止のために、製剤本体の表示デザインだけでなく、先端部分が通常の注射針が装着できないような様式にするなど、何度も製品改良を続けていました。
2002年のある日、テルモ社から、別の視点からの改良について意見を求められたので、“視覚” 以外の感覚を使うことを提案しました。具体的には、押し子の部分に突起を付けることで、作業者に注意を与えるというものです。
すぐに、「このアィディア、誰にも話さないでください !!」と、MRさんから電話が入りました。
「ひょっとしたら、特許が取れる ??? ・・・そうすれば、憧れの “カリブ海クルーズ” ができるかも・・・」と、期待に胸を膨らませて連絡を待ちました。
そして、1週間後。
MRさんから電話がありました。結論から言うと、突起物による識別 は、すでにシャンプーとリンスで行われている・・・とのこと。
“カリブ海クルーズ”の夢は、はかなく消えました !!
諦めきれず、次に、本体部分をヌルヌルにするとか、ザラザラにするというのはどうでしょうか・・・と提案しましたが、受け入れられませんでした。
“触覚”がダメなら“聴覚”はどうかと、新しい提案を試みました。
注射筒の押し子にセンサーを埋め込み、親指を触れると「あぶなぁ~い」と音声で警告する・・・というアィディアです。
担当MRさんと工学系の方々の理解は得られたのですが、コスト面で却下 !!
それなら最後にと、“嗅覚”に期待をかけました。
押し子に親指を触れると、変な臭いを発するというものです。
さすがに、相手にされませんでした。
(講演ネタとしては受けましたけど・・・)
2001年の海外視察で学んだこと
時が遡りますが、このような背景があります。
2001年、文部省(当時)から、「医療安全に関する海外視察」の募集がありました。当時在籍していた金沢大学病院でも、医療安全管理のメンバー(医師2名、薬剤師、看護師、事務職員)で、この事業に応募して派遣施設に選ばれました。
この年の9月、アメリカ合衆国(USA)で、あの同時多発テロ事件がありました。イギリスとフランスを視察先としていた我々は、予定通り、12月に飛び立つことができました。往復とも、機内はガラガラだったことを覚えています。
イギリスで訪問した「Chelsea & Westminter Hospital」の ICUで、写真のような様子を見学できました。
注射筒の取り違えを防ぐために、注射筒に医薬品名のシールを貼ることは良い対策ですが、シールを貼る手間とシールの貼り違いのリスクがあります。これを見ていたので、プレフィルドシリンジに興味を持ったわけです。
2001年から数年は、ヒューマンエラー防止のためのアィディアを医療機関から製薬会社に伝え、その一部が製品改良に反映されるという、楽しい時代でした。
余談ですが・・・
この視察中のパリでの出来事です。
ホテル近くの土産店で、キー・ホルターなど小物を買ったのですが、ホテルに戻ってレシートを見ると、おかしいことに気づきました。
当時、これまでの「フラン」から、EU共通通貨「ユーロ」の移行期(1999年1月1日~2001年12月31日)で、視察時はその最後の月でした(1ユーロ=約6.5フラン)。
観光客だと軽く見られて、「フラン」のところ「ユーロ」で計算され、約6.5倍の支払いになっていました。翌日、その店に行き、レシートを見せると、店の主人はかなり慌てていました。まさか、ぼーっとした感じの日本人観光客が、再び店に来るとは思っていなかったのでしょうね。
結局、「警察に通報しない」ことを条件に、店の品物をオマケに、返金していただきました。確認は重要です !!