大学1年は、自分が何をしたいのかとか考える余裕を全然もてなくって
新しい環境と人間関係にびくびくして生きてた。
選択するってことさえ思いもしなくって
意識的に選択するなんてことまずなかった。
とりあえず、1年の春で結局1つしかサークルはいらなくて
「これでいいのかなあ・・・」
と思っていた。
自分の学類が国際関係とかやるとこだったのもあって
いわゆる国際系・・のサークルに入りたいきもちがあったんだけど
入りそこねた感じで
このままでいいのかっ、どうしたらいいんだっと思ってた。
国際系というのは、簡単にいえば、国際協力的なサークル。
そしたら秋ごろに、同じ第二外国語を選択してる学類の友達が
団体をたてるといってるという話を聞いた
「え?団体?それ国際系なの?」
その程度の興味だったが、授業であった際に、少しその子から紹介を受けて、具体的にはよくわからなかったが、楽しそうに話しているのをみて、なんとなく興味を持った。
もう夏も過ぎて、少し人間関係が縦も横もできている場所(サークル)に今から入る勇気もなかったので
新しい団体で、しかも同じ学年の子がつくるなら、自分もかかわっていけるかもしれない
とぼんやり思った。
その子が開催した説明会に行くと、
なんとも日本にも難民がいるんだということを熱く語る彼女の姿が。
自分には全然問題の実感がわかなくて
これは国際系というのか・・・?
と思ったけど、なんだか特殊で面白そうとは思った
自分の興味や想定していたものとは違ったけど、楽しそうに話している彼女をみて
なんとなくの興味で、かかわっていこうかなと思った
正直なところ、なんとも無責任なことに、このときの説明会の記憶はそんなにないのである。
そしてこっから春までの記憶も困ったことにあんまりないんだけど
そのときのかかわり方は、説明会にきた同級生よりはそれなりに多かったと思うけど
日本の難民問題についての知識もさっぱりだったけど
なんらかの形で、その子が参加するというイベントについていっていた。
あんまり責任感とかはその事態では全然感じてなかった。
ちなみに、
この団体というのは、簡単にいえば、
日本に来ている難民(もっといえば難民申請者)が入国管理局に収容されており、その環境は被収容者に多くのストレスを引き起こしており、
仮放免というかたちで外で暮らしても、労働は認められず、
法的・社会的立場も不安定なまま何年も過ごさねばいけないという問題
を、
いかに日本で多くの人に知らせていくか
というところからきていて
代表いわくは、友人を気遣うように、彼らにもCare と LOVE を与えていこうじゃないか
というコンセプトの団体。
その理念を込めて
Care and LOVE for Refugees = CLOVER~難民とともに歩むユース団体~
となった。
難民というと、多くの日本人は確かにアフリカや東南アジアの難民キャンプを思い起こすのではないだろうか。
実際私もそうだった。
正確にいうと、そのキャンプにいるような難民と日本にとんでくる(少なくともそのような旅費がある)難民申請者とは社会的にみれば事情が大きく違うかもしれないけれど
自己を難民であるとして、ある意味で「庇護」を求めていることは確か。
自己の政府には庇護を求められないという意味では同じかもしれない。
それで、日本にそういう人たちが来たとする。
そういう人というのは、具体例をあげると、
政府の政党や大統領がかわって、旧体制側の自分は国にいられなくなったとか
宗教・信仰にかかわる闘争で祖国に帰れないとか
反政府運動をしているから(してたから)とか
そういう理由で祖国を離れなければならない人のこと。
数ある国の中から
いろんな国をわたって最終的に日本にきた
ビザをとれたのがたまたま日本だった(コネとかで)
トランジットで日本にきた
とかで
とにもかくにも日本にきて
入国したはいいけどビザがきれた。けど滞在し続けた
ブローカーにだまされた
パスポートが偽造だった
空港で難民申請をした
とか何らかの理由で
日本に正規に滞在する許可をもたなくて
日本の「出入国」を管理する「法務省入国管理局」というところにつかまると
どうなるか。
「収容所」に入れられるのである。
そこは、新しい許可を待つというよりは
「正規の滞在許可がないんだから、強制的に退去すべきだ、
そんな人を日本の社会にほうっておいたら危険だろう。」
という考えのもと、非正規滞在の人間を収容する場所とされている。
なお、この収容所には、難民申請者以外にも、オーバーステイやビザが取り消された在日外国人も、たくさん収容されている。
収容所には、たくさんの人々が個々人いろいろな事情を抱えて生きている。
誰もが将来が見えず、不安を抱えているという点では共通しているかもしれない。
日本では、難民申請というのは認められるケースが世界的にみると少なくて(もちろん申請する母体数も少ないんだが)
難民申請者の多くは、
「すぐ申請して認められず収容されるのはいやだなあ」
と観光ビザや学生ビザで入国して
それでも「収容所なんかにいれられるのはたまらない」から
非正規のまま滞在して、みつかってしまって「収容」されている。
まあ、ケースはいろいろみたいだけど。
日本政府からしたら、そういう場合、「本当に自分が難民なら最初から申請すればいいじゃないか」となる。
もちろん、偽装難民もいるかもしれないが
よく思うが
何が迫害かなんてどう決めるのかという話である。
まあ、だけれど
日本に来ている難民は、弱い人かといわれるとそういうイメージはあんまりなくて
「生きる手段」として「難民申請」を選んだ人という感じだ。
まあ、何が迫害かどうかというよりは
結局日本政府が迫害とするところにその人があてはまるかどうかによって許可の有無が左右される。
当たり前といえば当たり前か。社会的に定義した言葉であるなら避けられない問題である。
なんだか話が長くなったが、
・日本は「難民鎖国」といわれるほど、国際的には難民の保護に問題がある(サポート体制が入国時から整っていない)とされる国で、難民認定の基準も不明確であり、システムの透明性に欠ける
・歴史的には、収容所というところは今では考えれないような人権侵害も多く行われてきたのではないかとされている
・被収容者たちは、日本は好きだが、入国管理局や政府は自分たちを人間として扱っていないと感じており、収容所内の環境や、申請・収容の長期化で精神的・身体的ストレスを多く抱えている
それにかかわらず、多くの日本人はその状況を知らない
その、「無関心」という問題をなんとか「学生」の立場から
「難民申請者」に寄り添いながら
アプローチしていけないか
というものだ。
私は、初めどちらかというと
「寄り添えなくて」
自分自身のなかでもやもやしていた
収容所では「面会」ができて
中の人に一定の時間お会いすることができるのだが
大学1年の3月に初めて面会にいった
(今ではCLOVER独自に面会を行っている)
そのときは、収容所問題と長年むきあっているNGOの方の面会に同行させてもらったのだが、
5人×5の約25名にいっきにあって
外国人でしかも正規の滞在許可がなく、「収容所」という特殊な環境にいる人!!!!
というイメージがあって
とにかく圧倒されてしまった。
ただなんとなく悔しくて。
今は
「寄り添えない」けれど
それにしても彼らのことを何も知らなすぎて
そんな自分がとても恥ずかしかった
彼らを救うことはとてつもなく難しく
何が彼らを救うことになるのかも
彼らだけを救うわけにはいかない社会もなんとなく感じていたけど
かかわらないことが一番こわいことだと思った
そんなこんなで、私はCLOVERにかかわることになり、
それでだいぶ私の大学生活はかわったといっても過言ではない。
なんだろうか
自分が社会の歯車になれたかわらないけど
いや歯車といったら少し語弊があるかもしれないけど
前振りかえったように、高校時代は、「他人」に興味がなくて、それはいってみれば「社会」にもあまり積極的な興味はなくて
その無関心の恐ろしさを教えてくれたのが面会だった
だって私は彼らに、かける言葉が一切みつからなかったから。
なんて顔をして話をきけばいいかもまったくわからなかった
困惑しっぱなしだったのだ
結局そんな自分がふがいなかった
そこからはじまったのかな
自分の底の知れた人間性がつまらなく思えたんだと思う。
そんな面会のあと、CLOVERに深くかかわるようになって
気づいたら副代表になって
これがないと生活成り立たないようになってた。
はじまりはそんな感じで、
自分の興味範囲と重なったからというよりは
もっと抽象的な、大げさにいえば「生きることへの姿勢」みたいなとこにあるかなあ。