ひょこっと抜いてみた人参がこんな風にお互いに絡み合って、成長が止まっていた。ラブラブかよ!と思いつつ、人間関係のようだなぁと思った。
恋人同士でも友人関係でも、絡んでるうちはお互いに成長は出来ない。
ある程度の距離を保ち自立していれば、根も葉も伸びていける。 「わら一本の革命」の中で福岡先生が言ってた自然農法を子育てで例えていた話が思い出される。
子供は不自然なものを与えた途端に自然じゃなくなる。自然に育てなくなる。放任と自然は全く違う。(薬を与えておいて、薄着で過ごさせるのは、ただの放任。みたいな話で)
逆に自然農法から子育てを学ぶと。
雑草の中で育った野菜は根も深く、虫もいろんな虫が食われ食いつつ上手く野菜の成長の益となっていたりして。
だから、子供も雑多な中で手を加えず育てた方が、根は深く伸びて、いずれ丈夫な幹になり立派な花を咲かせちゃんと果実や種を残すんだろう。
人参だけで育てると育ちが悪いように、同じ考えの者だけでグループを作るのも根が伸びないのかもしれない。
例えば私と子供は人参だけど、隣にいる夫は大根かもしれない、キャベツだったらコンパニオンプランツだから、相互作用でより成長するかもね、みたいな話で。そこには雑草と呼ばれる強靭な精神の草もあったり、害虫と呼ばれる益虫がいたり、そりゃもう雑多な方がいい。人参だけじゃなく、畑全体を考えたらそれがいいんだ。
雑多な環境って?
今の時代、発達障害とかいう名前がついてしまった昔はよくいたちょっと風変わりな親戚のおじさんやおばさんとか、見た目おじさんなのに話すとおねぇなお店の人とか、お金ない人、傲慢で意地悪な人、子供には悪影響しかないじゃないかと思われる程口が悪い人、、などなどのいろんな人がいて、親は善し悪しと批評はしない。
そうすると、子供はどんな風に生きててもいいんだ。いろんな個性があるんだ。って思える。自分のちょっと周りと違う個性にもOKが出せるように育つんだと思う。
絡み合う人参から自然農法の原理、子育てにつながった朝。笑
