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今日は、子育てのこと中心に発信したいと思いました。

 

”それでもいい”の投稿以来、あっという間に10日経ちました。変わらないのは、ワンオペ育児の忙しい毎日です。この時期反発する息子達、勉強の復習をさせたくてもなかなか実行が難しいです。自分の要求にすぐ応じなくなりました。成長しているの証拠です。

 

我が子もテレビ、ゲームとiPadで好きなYoutubeの動画を観ることが大好きです。夢中になり過ぎないように毎回時間を制限しています。毎日ゲームとiPadができるではなく、例えばゲームができる日、iPadで息子が自分好きな動画を観れる日など決めつけさせることにしています。

 

それで、それが大変です。約束時間になってもなかなか終わりにしない、更に時間の延長を要求する息子達。そんな様子をしばらく続きました。でも、視力が悪くなること、と勉強や運動などに興味が無くなる恐れよく考えると、やはりそのまま子供の要求に応じないことが重要だと日々心がけています。

 

子供のテレビ、ゲーム、スマートフォン利用時間に関して、親はある程度厳しくしなければなりませんと感じました。我が子の状況観察から分かったことは、もし今日iPadもしくはゲームができると許したら我が子は明日も同じこと期待し、親に強く要求します。

 

ここで断れば、ハマり度が下がります。逆に子供の要求にそのまま応じると親は更に管理し辛くなるだろう。結論から言うと、テレビを観る・ゲームする・iPadとスマートフォンの利用頻度を下げれば、子供は我慢が強くなります。そして、テレビ・ゲーム・スマートフォンなどがない日に慣れていきます。

 

次男の場合、家でテレビやゲームができないからよく公園でサッカーしに行きました。長男はレゴで遊びます。それ以外に2人ともリビングに置いてある絵本を読むようになりました。

 

我が家では、下記の4冊本をいつもリビングのテレビ台のそばに置いています。息子達は、テレビ、ゲームやiPadが観れない日はよくこの4冊のいずれ1冊を手に取って静かで読む。

 

 

第1 頭のいい子を育てる 1日1話3分で読める

 

 

 

 

第2 人体のふしぎな話 順天堂大学医学部教授 坂井建雄

やさしくわかる子どものための医学

 

 

第3 科学のぶしぎな話 日本科学未来館

好奇心を育て考えるのが好きになる

 

 

 

 

第4 世界を変えた人たち 白百合女子大学教授 田島信元

生きる力を育てる 新時代の伝記

 

 

 

是非検索してみてください。

 

次男は、先週から人生初の塾生活が始まりました。正直、決める前に塾の費用についてすごく悩みました。以前から子供の教育費はママに払ってもらう、我が子の早期教育についてパパではなく、ママに相談するって何度か聞きました。

 

今年の第一の目標は、次男の塾費用を稼ぎたいです。未知のこと、来年再来年はどうなるか慎重に考えてないです。とりあえずは、家族の健康のことと毎日充実に過ごしたいです。

 

今回次男の入塾を決めた動機まとめました。

 

[[ 入塾を決めた動機 ]]

 

第1 実は、3年生から”私も塾に行きたい!”自ら言い出しました。きっかけは、1年生から同じマンションに住んでいるお兄ちゃんがあの塾に通っていることを知りました。その後お兄ちゃんから今度行きたい中学校の話も聞いたようです。

 

ちょうど昨年の夏休みの間、大好きなお友達もあの塾を通うことになったことが分かって、息子の塾に行きたいモチベーションも上がりました。それ以来、次男は日常的よく”ママ、私も同じ塾に行くから!”言いました。

 

第2 ”学習習慣がついて、学力アップに繋がれば”と思いつつ。普段家では全く予習復習しない次男のことが心配になって来ました。元気いっぱいな次男は外遊びが好きです。毎日外で遊びたい、学校から帰って来てランドセルを置いてすぐサッカーボールを持って近くの公園に遊びに行く、習慣化になってしまいました。

 

実は、次男は1年生までは、家の前の公園でも1人で行けなかったです。2年生からは、自分一人で外遊びに行くようになりました。そして、3年生から家から徒歩15分以内の公園にも一人で行けるようになりました。

 

長男は、3年生まで家の近くの個人塾に通いました。昨年3月の緊急事態宣言から塾の先生の都合で停止しました。代わりに、主人が公文に入会させようと決めたので長男は公文教室を通い始めました。

 

親心の願いは、たった1つです。子供たちに自分のベストを尽くしてあげたいです。子供の早期教育は、人生の土台作りだと信じています。私は母として子供達と一緒にその土台をしっかり築くこと、将来的な学ぶ力の向上につながればと願っています。

 

                        " BE THE BEST VERSION OF YOURSELF "
 

 

今日それでもいいのことを沢山吐き出したいと思いました日。今日は、それでものことを沢山感じて気持ちが溢れている一日。。。ずっと、一人で抱えていたことをここでカミングアウトします。それでも、良かったら最後まで読んで頂けたら幸いです。

 

ここでカミングアウトする理由は、たった1つだけです。

 

それは、世の中に育児に奮闘中のママ達に私自身のストーリーを読んでもらって辛い時に”私は一人じゃないんだ”と思って欲しいです。世の中のママに伝えたいことは、”今どんなに苦しくても必ず良くなる日が来る”と信じてください。明かない夜はないです。

 

私自身今まで大変な婚姻生活とワンオンペ育児を経験しました。過去お別れの話も何度かされました。そして私も離婚のことを何度か慎重に考えました。。。お別れの道も想像しました。

 

何度かこれの繰り返しで今日ここまで来られました。。。私はまだ前向きな思考で日々を過ごして行きたいです。一度しかない人生を悔いがないように自己ベストを尽くして最後まで人生道へ歩んで行きたいです。

 

実は、今週も再び心を深く傷つけられたことがありました。数日心が雨でした。夫婦関係のことでした。。。それでも平和主義の私、いつも思っていることは夫婦の間にどんなことがあっても、どんなに嘘をついたことがわかっても相手の生きる希望を絶望にさせないこと、相手を困らせないこと、心に掛けています。そんな私です。

 

私は”人を憎く思うことならない”ようにずっと心に掛けています。憎悪は自分の苦しみの原因になり、自分の平和を奪われる要素だと考えています。なるべくそうならないように日々意識してこれからもそう過ごして行きたいです。

 

この思考さえあれば、どんなことがあっても、どんな時も自分の力で自分を救われることができるではないか私は思いました。本気にそう思っています。。。

 

何があっても、相手とお話し合いして解決する一番良いではないか私はいつも思いました。

 

今朝、やっと自分の気持ちの整理ができました。朝から平和を感じました。子供達も喧嘩少ない、比較的に穏やかな朝でした。ありがたいことです。我が子を玄関先で登校を見送った後に、リビングに戻って自分の傷つけられた心を引き続き落ち着かせることにしました。366日という歌をずっと聞きながらこの投稿を心から書いています。

 

そうですね。。。今年は”自分を中心にして過ごして行きたい一年”にしたいです。この思いを現実にしたい、叶いたいです。45を目の前にして、自分のことを本気にもっと力を出してやり切って悔いがない人生を作って歩んで行きたいです。この願いが強いです。叶いたいです。

 

私は2010年9月末初産以来たくさん苦労経験しました。33週に生まれた長男は、生まれた時の体重は1800グラムでした。小さかったです。経鼻経管栄養生活約2年半、NICU生活約4ヶ月、子供病棟に入院を合わせて入院生活は約半年でした。

 

口唇口蓋裂合併症等、先天性尿道狭窄症のため生まれる前におしっこが出なかったようです。32週5日の妊婦検診の時緊急入院になり、2日目に帝王切開手術を受けました。涙の出産でした。

 

検診の時、一度も異常と言われたことがなくて、これだけの異常があったのに。本当に心の準備もできなくて緊急帝王切開を迎えました。検診の時”お腹の赤ちゃんは女の子だ”と病院の先生は言いました。そのため、女の子の命名しか考えていなかった私達夫婦2人。だが、男の子でした。

 

出産直後先天性染色体異常・口唇口蓋裂合併症と診断された長男。あまりにも突然すぎるのことで、夫婦2人大きなショック受けました。当時の気持ちは、本当に辛くて涙が止まりません日々でした。

 

両親も長男が生まれた日の夜は大泣きしました。その時の涙は絶望的、深い、深い悲しみに包まれました。人生初めて絶望感に直撃された日でした。それでもあの時は私達お互いに支え合って深い悲しみを一緒に乗り越えられました。

 

出産直後鬱にもなりかけた私。涙の日々、眠れない夜がしばらく続きました。病院からもらった安眠薬や安定剤も服用しました。あの時は死にかけそうだったんです。毎日辛い気持ちに襲われました。

 

うつ病の怖さ一時期経験し、本当に怖かったです。私は涙脆い人になりました。それでも、当時優しいの主人と私の両親に全力支えてもらったお陰で、うつ病に抜き出したことができました。

 

結婚と出産は、女性の人生を大きく変えるんだと深く感じました。運命ということはあるかどうかわかりませんが私は今まで自分にあった全てのことを振り返って考えると”これは私の運命ではないか”だろうと思いました。

 

私は全然強くない女の子です。むしろ今主人に思われている”花畑”の嫁です。私は”花畑”の意味はわかりませんがきっと良いことではないだろう。

 

それでも大切な息子2人をちゃんと育っていけるため、私はこれからも頑張っていきたいです。主人に期待されている通りに自分が稼げる、経済的に自立するようになりたいです。

 

私はもともと次女で、結婚の前に料理もあまり興味なかったです。お正月の時、いつもケーキを焼いたり、料理を作ったり1つ年上の姉と母の忙しい姿を見るだけでした。そんな私でした。

 

お金持ちのお嬢様でもなかったのに。それでも、母はちゃんと一生懸命私達4人兄弟を育ちました。兄弟が多い、貧困な生活に生まれた両親は中学校も行ってなかったです。

 

それでも、両親は子供の教育に熱心な親でした。そのおかげで、姉と2人弟は奨学金で大学まで進学しました。弟2人とも大学院卒で、それぞれ高資格を持っています。

 

私はただ専門学の商学卒です。もともと将来の夢は英語ESLの先生になりたかったです。私は英語が大好きです。大人になってもまだ英語が大好きです。高校卒の後に、ESL奨学金を貰えなかったため専門学校の商学(3年間)選択しました。

 

専門学校を卒業した後、私はずっと憧れていた大都市生活のシンガポールに行きました。当時父は大反対でした。それでも母は飛行機代とお金を出してくれました。そして私の社会人生活は約6年間シンガポールで過ごしました。日本に来る前、シンガポールの永住権も取得しましたが10年前に放棄しました。

 

私は2010年3月に妊娠したことが判明、妊娠初期のつわりが酷かったためすぐに退職しました。あの時もし私はもっと頑張れったら、今私の運命は変わるだろう。

 

今振り返って思うと、あの時の自分は本当に体が弱くて努力も行動力も不足、妊娠出産に当たって育児休暇についても全くよく考えてなくて、情報取集もしてない中に退職してしまいました。あの時、もし退職してなかったら、私の運命は変わるだろう。

 

その時、もし誰かにお話を聞くことができたら、私はすぐ仕事を辞めることに選択しなかっただろう。

 

私は、それ以来10年間育児専念、途中で5年ぶり仕事を復帰しました。だが、長くは続けませんでした。再び長男の尿道狭窄が発症し入院手術が必要でした。側に頼りになる人がいないため、結局私は再び仕事を辞めました。代わりに、主人がいきなり立ち上がった会社を起業してみました。

 

それでも、持病がある長男、実家遠方プラスワンオペ育児を抱えている私毎日いっぱいいっぱいで起業に専念できませんでした。主人が立ち上がった会社は、止むざる負えない休業させる選択しました。

 

それでも、私の悩みことが増えました。主人が作った会社は私が役員に登録されているため、仕事を辞めた時失業保険貰えませんでした。

 

それでも、私はなんとか辛い日々を乗り越えました。これも私の運命ですかね。繰り返し、失敗している人生だと感じさせられた日々の重ねです。今でも、毎日1人での反省会。

 

それでも、私は強く生きていきたいです。自分の残りの人生、そして大切な息子2人へたくさんの夢を持っています。

 

強く、生きていきたいです。

 

 

 

 

 


「親が変われば、子供も変わる」。そのとおりだと思います。私自身も日々実感しています。我が子はそれぞれ成長のペースが違っていて、成長ゆっくりの長男は観察力が弱い、思考力が足りないです。次男は自発性、時々反発。我が家の場合、長男よりも次男の方が頼もしいです。

 

長男も、次男もこの時期よく兄弟喧嘩します。乱暴な遊びもします。兄弟喧嘩の対応に困っている私、ほぼ毎日叱ってばかりです。なかなかお互いにいたずらしない、喧嘩しない日はほぼないです。出かける先も、兄弟2人はエスカレーターをじっと乗らずに、いつも走ったり登ったり競争するような危険な乗り方をします。私はもちろん後ろから大声で注意します。それでも長男も、次男もまだエスカレーターを走って乗ります。

 

家にいる時、私はよく冷静に子供の喧嘩を対応できず、ものすごい怒ってしまいます。しかも、いつも大声で15分も叱り続ける癖があります。外でもよく大声で説教してしまいます。そのせいか、段々我が子は聞かなくなって来ました。家の中、悪循環になってしまい、まるで戦争場のようです。改善するため、私が取った行動は子育ての参考書を読みます。どの本を読んでも同じことを教えました。どんな時でも親が冷静に対応すること。親が変われば、子供も変わる。

 

2018年の健康診断の結果は右の気管支拡張症を確認、それ以来冬場は風邪の症状に伴い長引く咳に苦しんでいました。昨年の11月はじめに家の近くにある呼吸器アレルギー科病院で検査を受けました。検査結果はアレルギ性の喘息と言われて、治療を始めました。毎日朝晩薬を使わないといけないに変わって、正直嬉しくないです。早く治ることを毎日願っています。

 

健康上の問題が出て来ているため、自分も以前ほど子供を叱ることはしないように意識しています。兄弟喧嘩の際、子供が手を出さなければ、様子見にします。その時私がよく口にする言葉は『嫌なことあってもお話しする』もちろん子供はそれを聞いてすぐに喧嘩を辞めることはありません。私もまだまだよく叱ってしまいます。日々1人の反省会ばかりです。

 

長男が年長さんまで通っていた発達センターの言語聴覚士さんから印象的な一言、今でも覚えています。それは怒らない方法を考えて欲しい』こと。怒らない方法を考えることは自分にとって勉強しないと正解はわからないことです。私は小さい時に両親もよく叱っていました。体罰も。火に油を注ぐではなく、子供の立場になり考えること、共感することが望ましい行動です。確かに子供の立場になり考える時自分の怒りは抑えられます。そしたら子供も落ち着きます。なるほど。自分が変われば、子供も変ります。

 

私今まだ毎日子供が学校に行っている間に自分1人の静かな時間を利用し、色々な課題をかかている自分と慎重に向き合って改善の方法を考えます。やはり、『子育ては大変』。私は過去よく日本人のお年上の女性の方からこれらの言葉『子育ては大変』、『年子は大変!』をもらいました。本当にその通りです。私の母はとても心強い、一生懸命子育てする派、子供の教育特に早期の家庭教育等とても大事にしていました。母が私に言った一番印象的な一言は、『子供は自分が産んだだから、何かあってもちゃんと育てあげないといけない』です。

 

母の影響を受けて、私も母のような子供のため一生懸命、ちゃんと子育てする母親についていきたいです。その影響か、私も我が子に結構厳しいです。言葉遣いも、我が家では使ってはいけない言葉を子供に教えます。私が最初日本に来て日本語学校に通う時、先生から『面倒臭い、やばい』はあまり良くない言葉だから使わない方が良いです。時代の流れですかね。今の若者はよくこれらの言葉を口にする気がします。我が子も、特に次男は小学校に上がって以来、だんだん色々な言葉を家庭外覚えちゃってしまいました。

 

いきなり自分を360度に変えることはできないですよね。でも、継続は力になります。子育ては、どのお母さんにとっても気抜きが必要だと思います。今日も、たくさん怒らない方法を考えて我が子の喧嘩やわがままを冷静に対応していきたいです。

 


はじめまして、この度はアメーバブログ始めました。数年前からずっと思っていたこと、やりたいことのひとつです。それは日本国内向けのブログを書きたいなら、当然にアメーバブログだと思いました。自分が大変苦労した異国でのワンオペ育児の経験、日々我が家の子育てのことなど世の中のママ達と語り合い。日々一生懸命育児に奮闘しているママ達を励まし合い。その願いから生まれた原動力はブログ始めました。どうぞよろしくお願いいたします。

 

私はマレーシア出身です。そのため英語と中国語も堪能です。日本語は社会人になった約6年経ってから来日、東京の青山にある日本語学校に入学ました。平日の午前中か午後に日本語学校に通いながら夕方渋谷にあるお好み焼き屋さんでアルバイトしました。アルバイトのデビューは日本語学校を通い始め半年経ったところです。日本語がまだ上手ではなかったため、アルバイト先の厨房で野菜を切ったり、お皿洗いしたりしました。

 

2年目は、日本語学校の第3期を通いながら新しいアルバイト先を見つかりました。それはマクドナルドの朝マック、早朝シフト厨房の仕事でした。ハンバーガー用肉を焼いたり、フライ物、バンズを温めたり、鉄板とグリルはどうして高温なので軽度の火傷も経験しました。笑 結局朝マックのアルバイトは長く続けませんでした。その後しばらくセブンコンビニで早朝シフト制アルバイトしました。

 

今思い出すとあの頃は、出勤の日に朝5時起き本当に辛かったです。

 

日本学校は1年半通いました。卒業後、小規模の外資系経理代行事務所に雇ってもらいました。2007年春のことでした。入社の3年目に会社が大手外資系に買収されました。新しい上司の元で不動産経理をゼロから学ぶことができました。

 

日本に来る前にもともとシンガポールで経理の事務仕事をしました。特に計算が得意、経理が好きではなく単純に高校卒後地元から356.7キロメートル離れてある国立高等学院で商業部に進学しただけです。卒業後、その時経理の仕事は採用しやすいためそのままずっと色々な業者の経理部で働いていました。

 

2010年4月に寿退職、同年の9月末長男が33週で産まれました。32週5日の妊婦検診で助産師に羊水がほとんと無いと言われて、緊急入院し2日目に帝王切手術を受けました。

 

現在息子2人は9歳と10歳になりました。成長ゆっくりの長男は先天性外胚葉異形成症のため、体温調節が苦手です。支援学級から普通級に通わせていただくため、仕事を辞めて育児に専念選択にしました。

 

✨読んでくださりありがとうございます✨