なかなか手をつけれなかったうちの屋号の新しい看板に、ようやく着手。
久々の色づかいに勢いづいてもう一枚。
長い板にも色をおいた。
なんでこうなんかなぁ…

と乾かしてた長い方板を見ると、
トント トント
と感じた。
トント トント…て、なに?
言ってみたらなんか感じるんかな…?
と、板を見ながら「トント トント」と言ってみた。
自分の声が向こうへ流れるのをすり抜けるように、向こうからこちらへ向いて「なんとなく」と感じる風が微かに流れてきた。
トント トント…て、
「なんとなく」
てこと、らしい。
その時はよくわからんことでも、
わからんといけん時は、
その時やその後に、わかるように気づかせてくれる。
わからんまんまでいい時は、
いつでも理由とか意味とかが「わかる」形が大事じゃなくて、
ただ感じたり、意識に引っ掛けとくことまでの方が、形づくろうとして大事な材料(情報の粒つぶ)を削り落とすような勿体ないことせんで済むということがらを届けてくれようとしてるとき。
そう思ってれば
変に力まず、粒のめぐりの様々な流れ方にも
心地よさを感じられる。
そんなことを伝える粒の流れだった。
私がただなんとなく受け取り
できたイロ・カタチが
こんな姿になって、
書き足したい言葉がポロポロと出てきた。
「なんとなく」
緩む響きがいい感じ。
・・・・・・・
意味はわからなくても
なにかを感じたら、
それは感じた自分に流れ着いた情報の粒。
真似して言葉にしたり
書き出したり
描いたり…
感じたものをなぞるようにしてみると、
自分へ届いたものがしみてくる。
自分だけで消費するものが、他にも届けるものかも、はね返したり、おいたままにせずにこんな風に受けとってたら
自然に染み込んだ情報が自分に溶け込み、
その先へ進ませてくれる。
ふと
も
なんとなく
も
勿体ないことしないためのタグみたい☺️
それでも
理由探しに力みがちなときは、
試しに
「トント トント」
と呪文がわりに唱えてみてはどうでしょう。
