すべての根源はとけあいめぐる情報の粒 〜粒は語る〜 みたまリーディングの『みたま まんまる みたまんま』

すべての根源はとけあいめぐる情報の粒 〜粒は語る〜 みたまリーディングの『みたま まんまる みたまんま』

すべてはひとつ。
万物の根源は、目には見えない情報の粒子の、水や風の流れのようなひとつのめぐり。
その流れを多様に表す多面世界の多様な存在。
どこで何を現しどんな名前を持ってても、すべては繋がる『ひとつ』。
すべては呼吸のリズムで調和する。

すべては情報の粒でできている。
あらわすかたちはちがっても、
すべてが粒でできたもの同士。
情報の粒つぶがめぐりあう『ひとつ』の一部同士。
すべては通じ合っている。

そうして、メッセージを確認し合って生きている。







なかなか手をつけれなかったうちの屋号の新しい看板に、ようやく着手。


久々の色づかいに勢いづいてもう一枚。

長い板にも色をおいた。


なんでこうなんかなぁ…




と乾かしてた長い方板を見ると、


トント トント


と感じた。



トント トント…て、なに?

言ってみたらなんか感じるんかな…?

と、板を見ながら「トント トント」と言ってみた。


自分の声が向こうへ流れるのをすり抜けるように、向こうからこちらへ向いて「なんとなく」と感じる風が微かに流れてきた。



トント トント…て、

「なんとなく」

てこと、らしい。



その時はよくわからんことでも、

わからんといけん時は、

その時やその後に、わかるように気づかせてくれる。


わからんまんまでいい時は、

いつでも理由とか意味とかが「わかる」形が大事じゃなくて、

ただ感じたり、意識に引っ掛けとくことまでの方が、形づくろうとして大事な材料(情報の粒つぶ)を削り落とすような勿体ないことせんで済むということがらを届けてくれようとしてるとき。



そう思ってれば

変に力まず、粒のめぐりの様々な流れ方にも

心地よさを感じられる。



そんなことを伝える粒の流れだった。



私がただなんとなく受け取り

できたイロ・カタチが

こんな姿になって、

書き足したい言葉がポロポロと出てきた。


「なんとなく」


緩む響きがいい感じ。


・・・・・・・


意味はわからなくても

なにかを感じたら、

それは感じた自分に流れ着いた情報の粒。


真似して言葉にしたり

書き出したり

描いたり…

感じたものをなぞるようにしてみると、

自分へ届いたものがしみてくる。


自分だけで消費するものが、他にも届けるものかも、はね返したり、おいたままにせずにこんな風に受けとってたら

自然に染み込んだ情報が自分に溶け込み、

その先へ進ませてくれる。


ふと

なんとなく

勿体ないことしないためのタグみたい☺️


それでも

理由探しに力みがちなときは、

試しに

「トント トント」

と呪文がわりに唱えてみてはどうでしょう。



      『トント トント』

その声、いつも聞いてますよ。


とふと感じたことから

意識が続いた。



いつも一緒に生きている『ジブン』は。


自分への言葉も他の人、ものへの言葉も

自分が発した言葉はいつも聞いてる。


自他にむけた、いい言葉もわるい言葉もちゃんと認識。




自分らしくありたい

自信をもちたい

変わりたい…

と、自分の可能性をほんとは信じてたり、信じたかったりする自分もいるのに、

せっかくの褒め言葉をもらっても、

心では嬉しいのに真っ先に「謙遜」言葉がでる。


その、自分に向けられた言葉のやり取りをすべて聞いている『自分』


進もうと思うと戻ってこいと言われてるみたいなことになっている。


これは、

わが子の頑張りを認めてくれる人に

「いえいえ、まだまだです」

と頑張って伸びた芽や枝を刈り取るようなこととも同じ。


謙遜の仕方によっては、

相手の言葉を受け取る前に打ち返すようなことにもなりかねない。


謙遜を皆無にするのは難しくても、

まずは、褒め言葉をきちんと「うれしいです。ありがとうございます」と

受け取って、やんわり謙遜気味に、まだまだある伸びしろを伸ばすべく進むような言い方をしてみることからはじめては…


そんなことが言いたいのだろう、粒つぶは。




すべてはひとつ。

じぶんもすべてもひとつ。


自分を受け入れなければ全てに通じず

すべてを受け入れなければ自分に通じず。



まずは、

今の自分のそのままをうけいれることを

大切に。


夢の中で夢を見てる私。


岡山のどこやらのお店か何か、建物の中にいる女の人がなにかしてる。


その夢を見て、女の人は知らないけど、場所は実際にあるとこだから何か行く必要があるのかも…と、目覚めた私がそこへ向かっている。


そしたらその私の意識に

あの人は生き霊

そこにいて、そこでそれをしている自分を見て接してくれる人が来るまで、

ああやって思いが姿になってそこに居続ける

みたいな意識が流れてきた。


そうか、

あの人に会って普通にやりとりすること

が、どこかにいる彼女の本体の安堵につながって、生き霊の姿の彼女は本体と一つになって、その場から消える


この夢、

もう一人別の場所にいる男の子と遊ぶケースもあった



どちらも本体の強い思いが、

知らないうちに本体から分離して、

知らないところで誰かの目に留まるまで存在し続ける


それと知らずにどこかで誰かが

その分身と接して本体に戻してあげてるようなこと、意外とあるかもな…


と思った夢見。



あらためて書き出してると

生き霊、より

分身、て言う方がしっくりしてきた。



そんなことを思わせてくれた情報の粒たちと混ざっておく方がいい時期だったのかなと

ふりかえりながらメモ。