先日の母の命日
寒過ぎてお墓参りに行けなかった…![]()
途中の道が 凍結の危険あり
とのことで
母は生前
「お墓参りには無理して来てくれなくていいからね
雨の後とかはスリップしたり、がけ崩れが危ないから![]()
常に 生きている人を優先に!」
と言っていたので、許してくれるはず
亡くなって14年
毎日思い出すことはなくなった…
思い出して寂しくなっても、涙は出なくなった…
長い間、体の不自由さでしんどい思いをしてきたから、楽になっているだろうな、、、と思っている
おばあちゃんやおばちゃん、友だちに会ってるだろうなあ
父にも
と
時々あの頃の私、幼子を連れてよくがんばったよなあ…
なんて思い返している
そしてありがたいことに回りの人たちの助けがいっぱいあったなあ…と
子供は1歳と3歳
一緒に病院に連れて行けないカンファレンスの時などは、近所の人が子供2人をたびたび預かってくれた
迎えに行ったら、うちの子のついでだから…と夕食もすませてくれていた
幼稚園のママ友は
私が車イスの母をよっこらしょ、と車
に移乗しているところを目撃したので
「手伝えることがあったらいつでも言ってね」と言ってくれた
母の退院日
私のお迎えが遅くなってしまって、電話で延長保育を申し込んだら園長先生が出てきて
「延長料金はいらないですよー お気をつけて」
と言ってくれた
子供が「今日はおばあちゃんが病院からおうちに帰ってくる日」って園で言っていたようだ
小学校のPTA役員仲間
私は学級委員、お餅つき担当
その日は母をヘルパーさんに頼んで、早朝誰よりも早く行った私に
「お餅つくのそんな楽しみにしてたん
(笑)」と言いながらも
「親の世話はいくらしても、いざとなったら後悔しかないんよね。 もっとあーしたら良かった こーしたら良かった…って
それでも少しでも後悔のないように今しときやー」
と言ってくれた
その人は親を亡くしたセンパイだった
(そのセンパイ自身ももうあちらに行ってしまった)
中・高校生になったら…
逆に、子供たちが手伝ってくれるようになった![]()
母の車イスをたたんで車のトランクに入れるのは結構力がいる
そういうことは部活を休んで付き添ってくれた子供がササっとしてくれる
「おばあちゃんの通院の付き添いです」
と言うとクラブの顧問は
「それは大事なことや!手伝いなさい!」
と、快く部活休みOKの返事
そんなふうに 私だけではどうしようもなくなった時は、成長した子供たちが助けてくれるようになっていた
もちろん、高齢だけど父もがんばっていた
夫も退院のたびに仕事を休んで、荷物運びを手伝ってくれていた
そしてそんな手伝ってくれる人が多いことに母はいつも感謝していたが、心の負担でもあったみたいだ…
申し訳ない
って…
それは気にしなくていいよ ![]()
ってことをもっと私が母に言わなければいけないのに、言葉が足りなかった とずっと反省している…
自分なりに一生懸命頑張ったと思うけど、、、そこは後悔
あのセンパイのことばは正しかったわ
助け といえば、10年以上お世話になった訪問看護師さんがいる
ケアマネさんは数人代わったけど、最後のケアマネさんは母が自宅で過ごせるよう一生懸命考えてくれて、特にお世話になった
この二人がいたから、母は何度入院して→労健施設に行っても最後は必ず自宅に戻ることができた
感謝 ![]()
このお二人のことは、またいつか書きたいと思います