タイから帰国して、三ヶ月が経った。
最初の一ヶ月は、無料キャンペーンの効果もあって

お店は大忙しだった。


だが、その熱気も長くは続かなかった。
二ヶ月目に入ると来客数は目に見えて減り、

三ヶ月目には再び静かな日が増えていった。

――やっぱり、そう簡単には続かないか……。

 

藤川から「前を向いてコツコツやっていくしかない。

動きを止めるなよ」という檄を受けて

哲はマイナスに陥りがちな心を前向きに保ちながら

毎朝部屋中をキレイにする掃除から始まり、

来てくれた人にはお礼の手紙を書くという習慣は続けていた。

 

その後、空いた時間にはポスティングに出掛けていた。

 

 

ポスティングをしながら、泣きたい気持ちを押さえていた。

こうやってチラシを配ってもそれを持ってお店に来てくれる人なんか

1ヶ月に一人か二人しかいない。

これを続けてもどれだけの効果があるのだろう?

いつまでこれを続けなければけないのか?

 

誰にも愚痴を言うこともできず、

言ったとしても何かが好転するわけではないことは分かっていても

哲はこれから何をすればいいのかも分からなかった。

 

哲はポスティングをしながら立ち止まった。

――ちょっと休みたい。

 

お店兼アパートに帰って、美香に相談した。

「俺たちずっと休みなくお店を開けてるよな。

定休日を作って休まないか?」

 

美香も同じことを考えていたようで

「それがいいと思う」

と同意した。

 

考えてみれば、インドから帰ってお店を始めて以来、
“店をあらかじめ閉める”ということが一度もなかった。

 

「お客さんが来ない日」がそのまま「休みの日」――そんな感覚で動いていた。

 

自宅と店の区別も曖昧で、
ただ“誰かが来るかもしれない”と思いながら、ずっと待ち続けていた。


けれど結局、誰も来ないまま日が暮れていくことも多かった。

これがとても疲れを蓄積していて
それを「お休み」と呼ぶのは、もう違う気がしていた。

 

――「今日はお休みです」って朝から言える日がほしい。

 

そして二人で話し合い、

「来週から木曜日を定休日にしよう」と決めた。


常連さんたちにもそのことを伝えると、哲の心は少し軽くなった。

「休みなく働き続けることだけが、頑張ってるってことじゃないよね」
そう、静かに自分に言い聞かせた。

 

 

そして、明日が久しぶりのお休みの日、

そうそれは水曜日の夜のことだった。

 

哲はゆっくりお風呂に浸かりながら、

「明日は休みか」

美香とゆっくりランチを食べに行く計画を立ていていた。

いつぶりのランチだろう?

少なくてもインドから帰って来て、1年3ヶ月以上は行っていないから

2年半ぶりくらいかもしれない。

――楽しみだな。

そう明日のランチを妄想していた。

 

湯舟から上がり、体を拭いていた時だった。

パキッ――。

 

首のあたりで、乾いた音がした。
「あっ……」
一瞬で首が固まった。寝違えたような、でももっと深い痛み。

 

 

翌朝。
哲の首はまったく動かなかった。
頭を両手で支えながら、ようやく布団から起き上がる。
痛みはひどく、立っているのもつらい。

楽しみにしていたランチは中止になった。

 


そして、藤川から紹介されていた林整骨院に行くことを決めた。

――せっかくの久しぶりのランチだったのに。

 

あまりのタイミングの良さに苦笑いしながら
哲は美香の運転する車に乗り込んだ。