宿に入るや否や、おばさんが日本人の宿泊客を呼ぶ。「○○君」。どうやら彼しか泊まってないみたいだ。おばさんに「彼の話し相手になってあげてよ」と促される。何か訳有りげだ。
目をこすりながら、髪に寝癖がついたままの青年が談話室(食堂?)に現れる。(当時20歳代前半だった)一昨日メキシコから戻ってきたらしい。一瞬俺たちが望んでいたメキシコの情報を入手できるかもと期待した。その期待はすぐに崩れた。
メキシコに入国して5日目に、街で知り合ったメキシコ人に酒場に連れて行かれ、その時持っていた現金(日本円にして20数万円)をすべて奪われたらしい。(詐欺的な強盗?)
それが彼の旅の全資金だったらしく、その後計画していた陸路での南米への旅は無残にも砕け散ったとの事。3日後の飛行機で日本に戻るらしい。もう遊ぶ金も無いので、一日中この宿で時間を潰しているみたいだった。
俺とK君は彼の話を静かに聞いていた。話が話だけに笑うわけにもいかないし、興味津々という感じで根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。ただ彼は、自分のつらい体験を誰かに話すことで、少しでも精神的に楽になりたかったようだ。
あまり適当な励ましの言葉も見つからなかったが、危害を加えられなかっただけでもラッキーだと思わなきゃと言うと、納得していた。
メキシコ入国前だったので、ちょっとビビったが、明らかに彼の軽率な行動が招いた被害だったので、さほどメキシコの旅に対して不安は無かった。
この青年が、俺たちが日本を旅立ってから最初に会話した日本人旅行者だった。