毒とパンケーキ -4ページ目

毒とパンケーキ

自己の記憶媒体として。

毒親とは、我が家で言えば母のことである。
世間一般的な母親像とどう違うかは私には分からないが、少なくとも幼い頃から彼女に対して違和感と苛立ちを覚えて生きてきた。

私の反論が正論であれなんであれ、素直に受け止めてくれるはずがないことも、幼心に感じ取っていた。

その中で自分で導いた結論が、とりあえず生きていくためには言うことを聞いておこう、というものだった。
衣食住を怠るタイプの毒親ではないので、自分の成長過程においては必要な存在である。

基本的に反論せず、ハイハイと従うという判断が良いものかは分からないが、
ある程度の範囲で好きなことは認められたのは幸いである。


ただ、その幼少期に培った、とりあえず逆らわないという習慣は、
成人となったいまでも抜けず、毒に対して反論することができない。

言っても無駄なこと、逆ギレされること、恐れと面倒であるという感情と、様々な感情が入り交じる。



知的障害、精神病まがいの毒はたちが悪い。