毒々しい彩りで訝しげな表情を見せる装丁に、しばらく手をつけずにおいた1冊。

震災支援団体『能登ヘルプ』に加わっている一人としては、

多分すぐに飛び付かなければならない書籍なのですが、

もたついている間に出版から一年経ってしまいました。

 

タイトルの『あえのがたり』については、冒頭に

「十人の作家による、一万字のおもてなし」と記されています。

奥能登地域の田畑農家に伝わる「あえのこと」なる儀礼から派生した造語だそう。

「あえ」はおもてなしを意味するとか。

 

十名の作家たちが集結をして震災復興二年目に突入する能登地域を応援する

チャリティー短編小説集です。

能登ヘルプの関係者としてはとても嬉しい声援です。

今村翔吾、小川哲、加藤シゲアキ3氏の呼び掛けに、

七名の作家たちが賛同なさって生み出された実に贅沢な読み物です。

しかも作品全てが能登のために書き下ろされたもの。

こんなに新鮮なフルーツアラカルトは滅多に味わえないだろうなと思うのです。

敬意と感謝を表して各作品、一言ずつ読後感をば。

 

加藤シゲアキ氏

皮切り、大前は「そこをみあげる」。震災直後の輪島を舞台に、ボランティアに扮して潜り込んだ男の目線から50年後の輪島を臨む視線は、今誰にも見えないだけに予言的で当事者たちを前へ押し出すのではないか、と感じました。切なくも心を温める未来の青写真、果たして本当のところどうなるのだろうか。不勉強ながら加藤氏は初見です。そして本書の装丁は加藤氏の作品だそうです(先ほどの「毒々しい彩り」は前言撤回!)。

 

朝井リョウ氏

大学卒業前の思い出に、学生男女四人が「小さな島」に訪れる短いエピソード。都会からやってきた四人にとってはまるで別世界。食べ物も海も祭りも。そのうちの一人がおそらく携帯のアプリだろうと思われるのですが、SNSで島の地元民とやり取りを始めるのが裏のエピソード。島で唯一そのアプリを持っているため、これまでやり取りをしたことがなかった様子。島の人々の温かい「おもてなし」、そして裏で顔を合わせることも、声を掛け合うこともなく、それでもSNSで繋がる今どきのおもてなし、ならぬ「うら・あり」って感じです。

『正欲』を突きつけてきた朝井氏、今度は何を読まされるのかと肝を冷やしましたが、ほんのり心を温められるエピソードでした。

 

今村昌弘氏

昌弘氏の方は不勉強ながら初見でした。『〜の殺人』シリーズで名を馳せておられるそう。本書には「予約者のいないケーキ」を寄稿してくださった。落雷で一瞬暗がりとなったところに電話がなり、サプライズ・ケーキの注文が入る。が、肝心の申込主の名前が分からない。明日の夕刻、お店で予約を取っているというのが手掛かり。あとは「16回目の誕生祝い」だという。さて、明日になって店員さんはちゃんとサプライズでそのケーキを出せるのか、というショート・エピソード。ケーキ屋さんのロケーションが能登半島の「根っこ」の辺り、というところでもうわたしゃHorita205の内灘店しか想像できないんだけど。。。

 

蝉谷めぐ美氏

すみません、蝉谷女史もお初にお目に掛かります。「溶姫と赤門」のタイトルから察することができますが、これは歴史小説です。加賀藩に嫁入りをする溶姫の悲哀が描かれる。政治政略的にも、ましてや心情的にも誰にも何も期待されていない嫁入り。前田家からも注目されていない切なさが描かれ。。。しかし、迎えられた藩内敷地の住居に入ろうとすると、その門に一人の塗装職人がやたらと塗料にこだわって試行錯誤しているという。聞けば輪島の漆塗り職人がわざわざ門のために呼ばれてきたというのです。それにしても東大の赤門って本当に。。。?

 

荒木あかね氏

「天使の足跡」とは何ともメルヘンティックなタイトルですが、これは近頃夫/父を亡くし、飼っていたミニブタまでを失った母娘が身近な死を静かに越えていく母親目線の、まるで詩のような短編です。被災者のやるせ無い想いに寄り添う優しい作品でした。この女史『此の世の果ての殺人』で江戸川乱歩賞を受賞していましたね、しかも最年少で。

 

麻布競馬場氏

この方は確かネットで作品を発表している作家さん。プロフィールは一切シークレットなのだけれども、出身大学名だけは鮮烈に暴露。上司の家でカレーパーティーをすることになり、ライバル心を焚きつけられた二人が、どれだけ鮮烈なアイデアを持ち込めるかを競うショート・ストーリー。支援活動を手伝いながら、時折「そもそも、被災者たちはこれが欲しいのかな?」と自問しないといけないな、そういうことを想起させるエピソードでした。

 

柚木麻子氏

『BUTTER』でにわか読書ファンになったばかりのやつがれをぶち抜いた柚木女史の再来。またしてもキッチンから漂う妖艶な薫りに釣られてしまいました。「限界遠藤のおもてなしチャレンジ」は大学時代の旧友たちが、その一人「遠藤」の招待状を受けてパーティーに臨むストーリー。テーマカラーはミント色。さあ、どうなることか。災害支援の一つに炊き出しや、お茶会といった企画がありますが、それって単に空腹を満たすだけじゃないんだな、とつくづく思います。そこでわいわい話に花を咲かせ、思い出したり、想像したり。そんな「エアコンをそろそろ止めてもいいと思えるような、ぬるい風」が漂う空気感が温かい。

 

小川哲氏

「エデンの東」と読んで牧師のくせに創世記よりもさきにジェームズ・ディーンを連想した自らの俗なる性に恥じ入りました。それはヨシとして、本作は一人の小説家がまさに災害支援のために自分の作品を献上して進ぜようと善意を表すところから、被災者たちが何を要しているのだろうか、というところに気付きを得て、献納品が大きくカタチを変えていく様が生き生きと描かれていました。流石は発起人のお一人。真をついた使信が伝わってきました。支援活動に関わる者として、この視点に立ち戻らないと容易に善意も独善になり変わってしまう、そのような戒めを頂きました。しかし、被災された方々にとりまして、この作品はきっと、「そうなんだよ、本当のことを言えば」という彼らの気持ちに寄り添った温かい読み物だと感じます。

 

佐藤究氏

いやいや『テスカトリポカ』で血生臭い世界を浴びせられましたから、今度は何を読まされるのかと怯えていたら、今度はフィリピンの貧困社会から。。。しかし「人新世爆発に関する最初の報告」は決してTNTの爆破の話ではありませんでした。瓦礫とゴミの山にしか見えない荒廃の中から新しいいのちが、とか言うと大袈裟に聞こえますが、でも震災で瓦礫と化した自宅を目の当たりにしなければならなかった人々には、そんな瓦礫の下からでも、何か新しく生命のようなものが湧き出る感触となったのではないか、そう感じました。

 

今村翔吾氏

落(おち)を引く射手は翔吾氏。『塞王の楯』では壮大な歴史小説を堪能させて頂きましたが、今回はショートで締めてくださいました。羽咋に恩返しをする男の「夢」はいったい何だったのか?羽咋を、能登を慈しんでくれる人がいる。そしてその慈愛を窮地にあって表してくれる。何とも頼もしい約束でした。

 

付録に発起人方(加藤、小川、翔吾氏)の「特別鼎談(ていだん)」が挟み込まれていて、本書が生み出されるに至った経緯を振り返っています。