こちらへ来て、日本の礼節を忘れないようにと、合気道を始めた子どもたち。



レッスン終わり(19:30)の西日が眩しい。


さて、先日、次男の学校で今期学んだことを子どもたちが親に発表する機会がありました。


三者面談みたいな感じで各家庭に時間が割り当てられ、3家族ずつぐらいが同時刻に同じ教室に集い、個別に子どもたちがそれぞれの親にポートフォリオを元に学んだことを話してくれます。


これは、それぞれの家庭によって、何語でやってもいいルール。


普段、夫は仕事で多忙なので、こういったスモールイベントはすべて私のみで対応してきたけれど、たまたま時間ができたので、夫も初参加。


次男は最初、エネルギーについて学んだことを英語で話し始めたんだけど、夫が日本語でやりなさい。とリクエストを出したら


次男が途端にフリーズ。


しーーーん


あの、えーと、しか出てこない笑。

(去年は私のみ参加で、全部英語で聞いた)



あまりの次男の口数の少なさにスコットランド人の担任の先生もどないした?とやってきて、夫が「日本語で説明させようとしたんやけど、ここまで日本語が出てこんとは思わんかった。」と話し、


そこから日常会話と学習言語のレベルの乖離について夫が先生と話し始める。


よくバイリンガルの子を例えに言われている、日常会話は流暢に話していても、それが学習言語と合致するわけではない。という、お話。


日本語の日常会話は流暢に聞こえる、しかし、学習言語はまったく伴っていなかったという現実を突きつけられ、そりゃそうなるか。と妙に納得した両親。


うちの次男の場合、母語は日本語のはずだけれど、この環境があと数年続けば、今よりもっと逆転現象が起こるのだろうな。


その後、英語で説明してもらうと、先ほどとは別人が登場し、学習したことを筋道立てて、我々の質問には明確に答え、おでこに自信満々と見えてくるんちゃうか?と思ったくらい、水を得た魚のごとく、生き生きしている。


(次男が図工の時間で作った魚)


長男は英語において、言語能力も運用力も高いと思われ(学校の先生談)、日本語は言語能力はぼちぼち高いのだが、運用力が低い。(これは環境次第かも)


次男は言語能力と運用力において、英語は恐らく普通にある。しかし、日本語においては、言わずもがな、、。


SNSをのぞくと、そりゃ色んな情報が溢れまくっているけれど、置かれている環境も能力も性格も、今後のビジョンも千差万別。私はとにかく子どもの後ろからそっと見守っていこう。