テスト終了記念!ってことでI氏、T氏とカラオケ行ってきた。

以下歌った曲。
歌い順はえんでん→T氏→I氏



絶対不敗英国紳士
メルト
Stand by me
悪食娘コンチータ
見えざる腕
まぼろし
〈ハジマリ〉のChronicle
創聖のアクエリオン
愛をこめて花束を
Lambency
Mrs.Pumpkinの滑稽な夢
Passion
さよならのかわりに、花束を
only my railgun
traveling
HELLO,GOODBYE
NO buts!
月光
雨上がりの夜空に
カンタレラ
輝いた
YAH YAH YAH
エアーマンが倒せない
CALLING
悪ノ召使
悪ノ娘
モザイクロール
パブってGO!
ペテン師が笑う頃に
テルーの唄
弱虫モンブラン
ワールズエンド・ダンスホール

ルカルカ★ナイトフィーバー
巡姫舞踏曲
Hello,Again~昔からある場所
花嫁
初音ミクの消失
Can you Keep a secret?



春休みにNと行った時よりカオスなのは仕方ないね。
既に諦めているあたりダメダメだ。
ダメだと自覚しつつ何も改善させようとしない。
……ダメじゃん(某堀江声で)



そんなことはさておき、昨日は現行憲法下で初めて現職国務大臣が自殺した日、あと私の18回目の誕生日だった。

誉めろ!讃えろ!俺を祝ええぇぇぇ!



……なんてことは言わない。というか言えない。

相互さんからは拍手やメールで、Nと、初登場元中のO(現在伊予の国にいるらしい。誕生日が同じ。即ち彼女も今日が誕生日)、クラスメイトのKからはメールでお祝いの言葉が届いた。某どっかの水野は妙に空白のある謎のメールが届いた。

某どっかの水野以外の皆様ありがたうございます。

どうでも良いが殆どの人が18禁解禁ネタなのは……。
あ、でも高校卒業までは買えないのか…。残念←
テスト明けにメイト漁ろうかと目論んでいたのに。





さて、思い返せば今まで誕生日はとても嬉しいものだったはずだが、何故か今年は手放しに喜べない。

18歳……国によっては成人だ。即ち、自分の行動に社会的責任を負わなければならない年齢である。

二年前は何のこっちゃさっぱりだったが、今さらモラトリアムがわかってきた。

近頃ふっと小学生が羨ましい自分がいることに気付く。
思いっきり泣いても見逃してくれる。夢物語を語っても良い。親に思いっきり甘えられる。
逆に言うなら上記の行動をしたい自分がいるわけだが……。
上記のことができない小学生もいるだろうが、少なくとも私はそんな小学生だった。

段々自分自身の精神年齢と社会的年齢が離れていく。

昔は社会的年齢より精神年齢の方が上だった。ませた、というより変に達観視していたこまっしゃくれた子供だった。子供にしかできないことをあまりやらない子供だった。とりあえず小3までは。
小4からはNだのOだのと子供らしいことをたくさんやった。
今も子供だが。

大人の方が出来ることは多いはずなのに、子供にしかできないことの方が面白い、というか大事な気がする。
それは日が暮れるまで遊ぶことだったり、喜怒哀楽を思った通りに出すことだったり……。まぁ、大人じゃまず出来ないですな。



まだ子供でいたい!と思うのは個人の自由だが、年齢を重ねるごとにそれは不可能になっていくわけで。
そこで自分の考えを優先したらいかんと思うわけですよ。
ある程度の社会的年齢に達したら割り切らなきゃいかん部分。
そういうのをちゃんと見極められる大人になりたい。
というかちゃんと見極められる人が本物の「大人」なんだろう。


まとまった文?何それおいしいの?
いつのまにかここの投稿用アドレスが送信アドレス一覧から消えていて、ウェブにわざわざアクセスしなければならなかった……。

そして題名は心の声。いや、簡単に言えば閲覧者数がここにしてはかなり増えていたので一体ここを見ている人々はどんな人なのかと思い。オンラインって怖いね!
ていうか本当に誰が見ているのだろうか…。



そんなことはさておき、今更ながらビンラディン殺害からアメリカの「正義」ってやつを考えてみた。

普段は哲学的観点からあまり考えないが、というか哲学的観点から考えられないのだが、今回は珍しく。というのも最後はそこに帰結するからである。



常々あそこの「正義」ってものは「押し付け正義」だなと思う。戦隊もの的正義と言っても良いかもしれない。
即ち、大勢で絶対悪を打ち負かす。一対一で正々堂々なんて無い。圧倒的多数の力をもってしてひたすらにフルボッコにする。そして自分達の「正義」を敗者に押し付ける。敗者はフルボッコにされた直後だからまともな判断能力など持っていない。こうしてアメリカ的正義は広がっていく。

絶対悪なんてものはこの世に存在しないのだから(というか絶対なんてものはこの世に存在しないと思う。数学以外は)戦隊ものの如き展開は有り得ないはずなのだが、ごり押しで通してしまうあたりに肝がある気がする。しかし、筆者の軟弱な頭では深く考えることができない。
つくづくダメ人間である。

そんな自虐的ネタはさておいて、そのごり押しができる、という点はアメリカという国の特殊性を表しているのではないだろうか。普通の国ではそうごり押しを連続はできないだろうから。
その特殊性の理由は多少無茶をしても何とかなる資源、人口、国土面積……と色々ある。
現在のところ全てを満たしている国はアメリカだけではないだろうか。



やはりここまでしか煮詰められない…。
仕方ないのでまとめ。

アメリカの押し付け正義の最大の問題点はその「正義」は自らの行動を律しないという点であると思う。

「正義」のためなら何をやっても良いのか、というと必ずしもそうではない。しかし実際冷静になってみるとアメリカだって結構酷いことをやっている。実行に移しただけ旧日本軍より悪質かもしれない。
一発の原爆で何人死んだことか。空襲で何人死んだことか。
「リメンバーパールハーバー」?パールハーバーで生き残った人々の子孫には何も影響ないだろう。対して原爆は子々孫々に影響がある。

でもあまり(ほぼ全くと言って良いかな……)非難されない。そしてアメリカ自身も自分達がやったことは正しいと思っている。

それは戦勝国だから。

やっぱり喧嘩は始めたからにゃあ勝たなあかんわけですな。



支離滅裂だね。うん、知ってる。