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住吉は今日もラーメン屋

リアルモンスターハンター冬子が狩りからラーメン道へと進路変更したその記録

最近、ラーメンが大好きになった。
以前はそうでもなかったのだ。
食べなかったわけではなく、九州に住んでいた頃は家族でよくを食べに行った。
おいしいお店がたくさんあって、選ぶのに苦労した。
好きになったのはとんこつから。
しかし一人で行ったことはないし、お店の味の違いについてたいした興味があるわけでなく、
ただおいしいお店にはまた行きたいと単純に考えていた。
これを「大好き」とは表現できない。
興味を持つほど好きになったのはまちがいなく、広島ラーメンからだ。

知らないお店が目につけば入るようにもなったことだし、
ラーメン狂いとはいえないので内容に世のラーメン好き達が満足してもらえるとは思えぬが、
備忘録にブログをはじめることにした。
飽き症の私であるのでどこまで続くかわからんが、
ラーメンを食べている限りは足あとなりは残したいので続くだろう。
このブログが日本中のラーメン屋でいっぱいになったら楽しいと思う。

さて、一番最初のラーメンについて書く。

「はじめのラーメン」と書いて、まず思い浮かぶのはどんなおいしいお店でもない、
インスタントラーメンである。
明星のチャルメラ 塩味

これは他人が聞いても驚かないが、自分の中では大変な思い出を持つラーメンで、
五才くらい?に食べたあと何十年も口にしなかったのが、大人になってから食べ、
ざーーーーっとその時の状況を思い出した。引き出された。
おいしい、と感じた瞬間に思い出したのだ。驚くべきは味覚の記憶で、
それを証明するラーメンだ。

『昼寝をして起きたら、母が祖母とラーメンを作っていた。
水を透明なコップにくんだ。飲み、扇風機の風邪をあびた。祖母の家だった。
側に弟が寝ていた。汗をかいていた。』

その時食べたのは間違いなくこれ。
証明はできない。
しかし私にはわかっている。これだ。

昔と味は全く変わっていないのか、それともマイナーチェンジをしているのか、
売っているのをあまり見ず、食べる機会も少ないのでくわしくはわからぬ。
今調べるとパッケージも少し変わっているが・・
こうして私の話はどんどんあいまいになり、「驚くべきこと」ではなくなってゆく。
しかしおいしいラーメンと聞いてまず思い浮かぶのは、これだ。変わらない。

子どもの頃口にするものって大切だね、と食育にも通じる話になってしまった。
ほんまかw

明星のサイトにあった解説↓

スープの奥にホタテの旨み。秘伝の小袋で仕上げる新しいチャルメラです。
硬めで伸びにくい中細麺、ホタテを隠し味に使った塩スープ、
香りとコクのゴマやタマネギが入った秘伝の小袋付です。

その内2カ月は試験勉強。

5か月は二つの新しい仕事。


今は仕事にゆくのが楽しい。

こんな日がくるなんて夢みたいだ。


ただし収入は激減。

なんとかしなくては・・ふう。

また亡くなった友達の夢を見たので記す。


一緒にアメリカにいき、ボロいホテルに泊まった。不思議なのは彼女が英語を話したこと。石原裕次郎の柄の五(弐?)千円札を持っていたこと。

なんかこのホテル変だなあ、ヤバいんじゃないのかなあという恐怖とともに起床。