最初は芥川龍之介と言ったら薮の中を書いただろう人であるくらいの気持ちしかなかった。それは羅生門の原作で何ともいいしれぬ映画だったので一度読んでみたいと思っている。

もちろん蜘蛛の糸は学生時代に習っていたので覚えていた。

そして蜜柑 これはまた違う趣のある短編である。トロッコは郷愁をそそってしまったがこれは人間の気持ちの揺れと現実をうまく捉えていると思った。

私もその小娘を見ていたらもしかしたらそう思ったかも分からない。

その顔は日々だらけのあかぎれで気持ち悪いくらいに火照っている。その女が私の席の前に腰を下ろしたのだ。

それにしても私以外に人が乗っていないのにどうして私の前に座ったのかである。

それはこの小説を最後まで読んでいたら分かった。少女の寂しい気持ちの現れだと私は捉えている。

最初はこの少女はいったい何をしたいのだろうかと思っていたが最後の方でその育ち故の悲しさだという事が分かり胸が震えた。

心にしみるような小説はあるがこれは本当に生きるという事の辛さと現実の重さを私にそっと教えてくれたように思った。

どうして蜜柑なのかは是非読んで欲しい。きっとあなたの胸をくすぐるはずだ。

私はこれを読んでいてちょっとしためまいのような物を感じていた。

男の気持ちと少女の意味の分からない行動。彼女はトンネルに入ろうとしているのに窓を開けようとしているのだった。

そしてトンネルに入ったと思ったら窓が開いてしまう。昔はそう言うのんびりした時代だったんだね。

今のようにクーラー等なかったし自然の風を受けて汽車は走っていた。

この小説では窓を下ろして開けると表現されているのもそうだったのかと思わずにはいられなかった。

そしてトンネルを開けた時の黒い空気の克明な描写。喉を痛めている主人公。

是非イメージしながら読んでみたらもっとこの小説の奥行きの深さが分かるはずである。

生きる事の厳しさ。貧しさ。子だくさんだったら奉公に出るしかない悲しさが克明に描かれている小説である。

気持ちにずしりと重い何かが感じられた。生きるとはいったいなんであろうか。それは自分の運命を受け入れる事であると芥川は言っているように感じた。

それは汽車の中のほんのひとつのシーンとして捉えたら何気ないようにも感じるがその少女の人生をかいま見た衝撃。

かなり短い小説ではあるがこれは私の記憶の中にずっと残るであろうと思わずにはいられなかった。

風呂敷包み、手に大切そうに握られている三等の赤切符。

映画を見ていても残る物はあるがこれは情景を思いながら読めた。

いい小説に出会えた喜びに浸っている自分がいた。