Rikoのひとりごと -18ページ目

Rikoのひとりごと

現実世界にも
いろんなタイムラグが起こり始めて
今まで気づかなかった
現実創造のカラクリが見えてくるとき
あるよねぇ~面白いね~

1週間ほど前から

お店で 皆さんに 体験していただいている 【リバイブイオン】

これが 思いのほか 凄い効果を発揮しているんです。

きっかけは 私の父

頭がぼーっとして めまいはするは、ろれつが回らなくなるは とどめは

物が2重に見えて 焦点が合わない 足元がおぼつかなくなって

やばいなぁ~

このまま介護生活 突入かもしれん。。。。

っと 思っていたときに

紹介いただいたんですが

3月19日の 午前中に宅配便で届いて

1時間吸入 午後に1時間吸入 

その後 部屋で テレビを見ていたら

じわーっと 両側から 映像が中心に戻ってきて 2,3時間後には 

普通に 見えるようになったというのです

しゃべり方も 正常に戻ってるし

テレビの映像を見ていると肌色部分が 灰色に見えていたのが 

ちゃんと 色が戻ってきたそうで

何より 頭がすーすー風通しがよくなったとのこと

それから 毎日 少しづつ 頭がクリアになっていってるんですけど

今日 ここに書いたのは

そのことではなく

数日後の 父の言葉

『こんなこと言ったら変かもしれないけど

おかしなこと言ってるかもしれないけど

この リバイブイオンをかかると 良いことがいろいろ起こる 』

っと言うのです 

『1000円割引券もってないのに あなたも割引してあげましょうと 

バスの定期券売り場で割引してもらったり

2000円 町内会からもらったり ほかにもいろいろ 

今日は良いことばっかり起こる』っと言いだしたのです

私が 何が言いたいのか おわかりですよね?

現実は 自分が映し出した 映像です

自分が いい気分になっていると 映し出す映像も 良いことが映し出されるんですよ。

この現象は 父だけにとどまらず

店で リバイブイオンを体験された お客様が 口々に 

『変なこと言うようだけど 

これは良いことが起こるガスが出てるんじゃない?』とおっしゃるんです。

健康状態が 改善されると気分がよくなり

焦点を当てるものが変わってくるんでしょうね。

実際 椅子からなかなか立ちあげれなかったお客さんが 30分吸引するだけで

普通に立ち上がったり 数日後には 布団からスっと起き上がれるようになったり 

そんなことが起こるとうれしくなっちゃって 

一日 いいエネルギー状態になるんだろうなぁ







  
ここ数週間 何があるわけでもないのに

スっごく楽しくってわくわくウキウキだったのが

ある日を境に ひゅ~ーーーーーっと急降下

『このまま上がっちゃ
目が覚めちゃう!!!』



例の あれです

気球が上がらないように 砂袋を 重りにして上がらないように止める

砂袋波動

ここで 悩みのループにはまっちゃうと 誰かさんの思うつぼ


私はもう この周波数は使わないよん

(実は 2,3日グルグルして はっと気がついた・・・・
『使っちゃったのね』って言われそう・・・)

久しぶりに 真剣な統合をしましたら

やっぱり すぅーっと 軽くなって

その軽くなった状態で 自分の100の行動 

相手を変えるのではなく

今 思うことを 先方に伝えるだけにして

後は 宇宙にお任せ

外を変えるのではなく 自分の中を整えることに集中

この後、どうなるかはわからないけど

この もやもやする状態を 映し出したのは

私しかいないので (私の現実の責任は100%私にあるのですから)

『今こんな周波数持ってますよぉ~
このまま使い続けますか?』


の合図なんだから

手放します
   
 てばなしますよぉ~!!
 もし、あなたが存在しているならば、あなたはここにいて当然な人なのです。
   そして、あなたがここにいて当然なら、自分が一番やりたいことができるはずです。すべてのものには、完璧な場所が与えられています。でも「ワクワクを実行するには非常に難しい状況がある」と教えられてきたかもしれませんそれは状況そのものに力があるとする見方ですが、こうした「状況」の中には「力」はありません。

   それは単なる一つの定義づけであって、状況そのものは常に「中立」です。
   なぜなら、「人生とは、あなたに降りかかってくるものではなく、あなたを通して創られる
もの」であるからです。起きている状況に対して、あなたがどのような意味づけをするか、どのような定義づけをするよう教えられてきたかということが、100%そこから創り出す結果を決定します

   それでは現実をいかに定義づけし直すかについて話をしましょう。
   あなたがとてもワクワクするようなものがあったとします。たとえば、大きな家を持ちたいとしましょう。大きな家を持つことはいいことだけれど、そのためには一生懸命働いて、お金をためなければならない、と小さい頃から教えられていたとします。ですから、20年か30年もすれば家もなんとかなるだろうと考えます。ここまで考えると、どういうわけか急にワクワクした気持ちがしぼんでしまったりします。

   そのワクワクが保てたとします。
   その大きな家を持つことが、自分にとって一番ワクワクすることなのです。でも、一番ワクワクするものを手に入れるためには、まだ何らかの決まった方法でやらなければならないと思っていたとしましょう。誰かに「なぜ?」と聞かれると、あなたは「世の中そういうものだよ」と答えます。ですから、家を欲しいと思いながら、それを実現するために、貯金ができるように仕事を探しに行きます。でも、家を持つことに対してワクワクするほど、仕事に対してはワクワクしないのです。

  そんな時、向こうから友人が歩いてきます。
  そして、その友人が言います。

  「久しぶりだね。どぉ、昼飯でも一緒に食わない?」

   あなたは、これからやりに行こうと思っていたことよりも、友人と食事をするほうがよっぽどワクワクすると感じます。 『でも今食いに行ってたら、面接に間に合わない。そうすると仕事が決まらないし、金が入らないし、家を買う金がたまらない』、と考えます。

   ところが彼はしつこく、「腹が減ってるみたいじゃないか、すぐ行こう。何もあわてて今すぐ面接に行かなくたっていいだろう?」 としつこく誘ってくれます。するとあなたは、『うーん、たしかに腹はへってる。だけどだめだ、自分はヤッパリ仕事を見つけて家を買うんだ。それが一番ワクワクするんだ』と考え直します。

   そして、友人から、「家を持つことがワクワクすることなのか?」と聞かれると、あなたは当然、「もちろんだ」と答えます。でもその友人に、「その仕事自体は、そんなにワクワクすることではないんだろう?」といわれると、「言われてみれば、その通りだ」と思わず納得してしまいます。

   「じゃあ、一番ワクワクすることを、今できないとしたら、二番目にワクワクすることをやるってのはどう? だから、飯食いに行こうよ。」と彼は言います。『家を買うことが一番ワクワクすることだけど、それは今どうしようもない。でも、二番目にワクワクするすること、つまり、友人と食いに行くことはできるから、よし、行くか !』と、あなたは決めたとします。

  それでも、「余りながくはつきあえないよ。やっぱり面接に行くから」、と付け加えることを忘れません。そして友人と食事に行きます。こうして楽しい食事をして、つい時間のたつのを忘れてしまいました。少したって、すでに面接の時間を大きくオーバーしていて間に合わなかったことに気がつきます。あなたはガッカリしてしまいます。

  しかし、友人が言います、
「でもきみは、自分がその瞬間にできる範囲で、二番目にワクワクすることをやっていたんじゃない、違うか?」 「それはそうだけど・・・、じゃあ、一番ワクワクする家のほうはどうなるんだ?」
           
   「君は知らないようだけど、「ワクワクする気持ち」っていうのは、ちょうど糸のようにすべ てつながっているんだ。だから、一番ワクワクすることに対して、何をしていいかわからないときでも、その次にワクワクすることをしていれば、どういうわけかつながっていくんだ。」

   「なに言ってんの? そんなの現実的じゃないよ。」

   「でも、僕はそれでいつもうまくいってるんだ。だから君もうまくいくんじゃないかと思ったんだ。まあ、この話はまた後にしよう。」 

   その時、向こうから友人の知り合いが声をかけてきて、三人で食事をすることになりました。「仕事の面接もすっぽかしちゃったし、金もないし、家なんか買えない・・・」と、今来たばかりの友人の知り合いに話します。

   するとその友人は、「君は家が欲しいのか?」と聞き返します。
   あなたは続けます。「丘の上の素晴らしい家を知っているけど、あんな家を欲しいなあと思って、理想の家のイメージに使っているんだ。」 

   三番目の友人が言います。
   「君が言っているのは、あの向こうの丘の上の家のことか?」

   「そう、あれだよ、あの家だよ。」

   「ああいう家が欲しいんだな ?!」と三番目の友人が驚いたように言います。

 そして続けて、「なんて偶然なんだ ! ちょうど僕は向こう5年間海外出張で、その間、家の面倒を見てくれる人を探していたところなんだ !」

   「へえ、そうなの?、で君はどこに住んでいるの?」

   「君の言っていた、あの丘の上の家だよ。」
 
   「えっ、あれが君の家?」

   「そうなんだ。どうだろう、君があそこに住んでくれないだろうか?
友人の友人だから信頼できるし、きれいに使ってくれるだろうし、僕の代わりに家の面倒を見てくれれば、お金はいらない。

  君が一番住みたい家に住む代わりに、僕の家の面倒を見てもらえないだろうか?」 

  すると、最初の友人が言います、
  「ほら、僕はいつもこういう感じにうまくいくんだ。君もうまく行き出したじゃないか!」

   ちょっとできすぎでしょうか? でもそうではないのです。
   単なる偶然でしょうか?  でも偶然ではありませんね。英語で、Co-Incidence は「偶然」という意味ですがそれは、Co (共同)で創ったIncidence(状況)なのです。この世に偶然はありません。ワクワクの糸をたどっていくとき、必ず次のワクワクが出てきます。最初は表面的には見えませんがあなたが自分に許しさえすれば、人生というものは常に、このように流れます。



               book 「BASHAR 」 チャネル ダリル・アンカ 
                       VOICE新書刊

                         から抜粋



家1
家2
家3



最近 お話しする機会があったので

自分で 

豊かさについて いろいろ考えていました

今、自分の店を持ってやりたいことを 

優先している生活をしているので

正直 収入に関していえば

病院薬剤師として働いていたころの 

何分の一 かの収入しかないけど

あの頃は 自分の店を持つために 

自分の時間を切り売りして 働いていた

そんな感覚で 好きでもない仕事に

朝から晩まで 費やして

休みの日には 疲れ果てて何もできない

体調も めちゃめちゃ悪くて

幼いころから 体が弱いから 自分の飲む漢方薬くらいは

自分で 調達できるようにと 薬剤師を選択したくらいだから

ヘロヘロのボロボロでした。

で、今は?

っていうと 

毎日のんびり 

薬局でもやりたいことをして

その合間に働いている

毎日、今死んでも何も後悔しないだろうな

ってくらい

今やりたいことを 選択するように心がけている

お金は 例のごとく

売り上げがなければ




ごみばこから 紙屑のように札束が ばらばら出てきたり

古いバックや 押入れを開ければ バサッと札束が落ちてきたり

ココは
【四次元パーラーあんでるせん】か?

ってなことが起こる 起こる

30年前に預けていたお金で

私名義の株をかってもらっていたのが


知らないうちに(すっかり忘れてる間に)

とんでもない額に なっちゃってるとか

なんだか 宇宙の計らいは私の考えが及ばないところで動いているらしい

正観さんの本に

お金が沸いてくるお話しはいくつもも載っているけど

自分や うちのお店のお客さんとこでも 

必要なお金は 必要な時に

湧いてくる
 現象が 最近ちょこちょこ出てきてる

これって 伝染するのかしらね?


きっと伝染するんだと思うなぁ~

昨日

手相を見て 『商売は まぁまぁだね』っと言われて

そういえば
 
右手に 金運が上がる 手相を

マジックで書いてた頃は売り上げがあがったことを思い出したので 

早速 右手にマジックで金運アップのおまじないをしてみよっと

思い出せてくれてありがとう!!





先ほど お店に インド人の学生が 
おこずかい稼ぎに 
自分の描いた絵を売りに来た

ちょうど 正観さんの 【お金と仕事の宇宙国】を聞いたばかりだったので
ちょっと 
上乗せして買ってあげよう
っと思って
2枚選んだら 

ちょっと手を見せて

っと言って 手相を見てくれた
いろいろ言い当てられてびっくりポン
昨日大金を支払ったことまで言い当てて

『商売は まぁまぁね  ちょっと この絵も 持ってたらいいと思う』
っと差し出された 

絵が 

けさ  
青い花瓶に入った黄色い花を 
東に飾りたいなぁって思ってたとこに
まさに
その絵を差し出され

なんで?私の頭の中 までお見通し?

おまけに もう一枚買って


値段を安くしてくれたけど
私は 上乗せして買ってあげようと思ってたので
元の値段よりちょっぴり 上乗せした金額を
渡したら 喜んでくれて

きっと お金も喜ばれてうれしかったんじゃないかなぁ~
って思っただけで うれしくなった


【お金と仕事の宇宙国】


数日前に
やってきた本

出だしから 
読んでるだけで
ほんわか気持ちの良い
なんだろなぁ~




数年前 薬局で、あるお客様のご相談を受けている最中
それまで 
体調がなかなか改善されなかったことへの不安をお話しされていたとき

客様の左肩斜め上あたりに 
ある映像が 現れ
それまでだったら 絶対に口に出さなかったのに
『とっても変な話をしますね 
今こんな映像が見えたんです』

っと その時見えた映像を お話しすると
そのお客様が わぁ~っと泣き出して
ご家族の事とかをお話ししだして
私にはその映像が 何なのかも分からず
そして なぜその映像から こんな話になってるのかもわからなかったけど

2日後
私の見た映像の意味が本人にも私にもわかる形で表れ
今までとは明らかに 
体調の変化があったと(翌日の朝にある変化があったとのこと)
ご本人が報告してくださった。
ことがありました

この本では
視えたことを 言葉に出して相手に伝えることが大切だと
書かれています
そうすることで
単なる気のせいで済ますのではなく
メッセージとしてとらえることができるのだとか。。。

確かにそうだなぁ
あの時 お客様に
視えた現状を伝えなかったら 
あんなことは起こらなかったかもしれないなぁ~

薬局でお話しするにはあまりにも怪しすぎると思って封印してたみたいです

私だけではなく

そろそろ
みんな気がつきだしてる

自分のこの身体収まり切れない それのこと・・・・
なりたい自分を想像している時
思考がフリーズしてしまう事が有ります

(誰かに)相手にこう思われたい
自分をこんなふうに見せたい。
と 考えている自分に気がつくと
ちょっと待てよ
『全ての現実が自分の写し出した映像』なんだよね
ってことは
今ヤッテルコトって
[自分が描いてる漫画の登場人物に] こんなふうに思われたい
って 言ってるのと同じだよね
って 我にかえる
[人にどう思われるか]が無意味だとしたら
純粋 に 私が求めるモノって何だ?
100%を選ぶ生き方て何?

誰かに 自分をアピールする必要が無くなってくる
誰かに見せるためではなく
証明するためでもなく
私がやりたいからやる
そんな選択をする

何度もそうきめたはずなのに いつの間にか
同じ事を繰り返している














ちょっとおかしなことなんだけど
とりあえず記録として
残しとく

昨晩
私の周りにいる すべての人の頭の上に
その人の役割を書いた白い紙が
垂れ下がっているのが見えた
あれはいったい何だったんだ?