次々といろんな人の意識を体験していた 意識体 | Rikoのひとりごと

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現実世界にも
いろんなタイムラグが起こり始めて
今まで気づかなかった
現実創造のカラクリが見えてくるとき
あるよねぇ~面白いね~

 

 

 

 

 

 

>ノンディアルティの話だと、自分がいない、からっぽの自分なら
>思考も自分とは別物と .......
>脳の機能は関係ないのでは ...... ?

その通りです(笑)
今回のコメントは、二元の世界の視点で書かせて頂きました。
哀しさや苦しさを体験している人に、あなたが感じている感情は、幻であり、
それを感じている「あなた」はいません、などと言っても、
自我意識にとっては、それを体験している現実が、唯一のリアルなので、
アドヴァイタ(=ノンディアルティ)の考えは、戯言の一種であり、ただの机上の空論にしか感じないでしょう。

ご質問の脳の機能とアドヴァイタ(=ノンディアルティ)の関係ですが、
脳の機能は、肉体に起きていることです。
脳の働きは、身体の法則(ダルマ)ですから、万人に当てはまるルールです。
このような法則(ダルマ)は、この世界には数種類あります。
因果の法則もその一つですね。
このような法則(ダルマ)を知っていることは、多少なりとも、精神世界についての理解を助けてくれます。
何故なら、この身体も、それに働く法則(ダルマ)も、私たち人間が造ったものではなく、
私たちは、それに生かされている存在に過ぎないからです。
法則(ダルマ)を知ると、目に見えない存在の意志というか意図のようなものが、その内に働いているのを感じることができます。
そういう意味では、科学と宗教(精神世界)は相対するモノではなく、今後は、融合していくことと思います。

このことを踏まえた上で、日和るさんの質問に対して書かせて頂くならば、

「ノンディアルティの話だと、自分がいない、からっぽの自分なら思考も自分とは別物と .......。脳の機能は関係ないのでは ...... ?」ですが、

自分がいる、いない、としているのは、誰ですか?
”からっぽの自分”の”自分”とは誰ですか?
”自分がいない、からっぽの自分”と決めているのは誰ですか?
思考も自分とは別物と、誰が思っているのですか?
(その思考は、誰が考えているのですか?)
これらすべてを疑問に思っているのは、誰ですか?

この”それを考えているのは誰か?”と、自問自答していく方法は、
かのラマナ・マハルシが提唱された「真我実現」のための有効なメソッドです。

これらの思考が起きているのは、脳ですね。
脳は、少なくとも「あなた」(わたし)の全てではありません。
脳は、「あなた」(わたし)の一部です。
脳の中で、「わたし」という意識が生まれ、
「わたし」が存在していると思い込んでいます。

この脳で生じている「わたし」という意識が、あたかも「わたし」という存在そのものであるかのように錯覚しています。

寝ている時、或いは、病で自己のアイデンティティーを失ってしまった場合(アルツハイマー型認知症など)など、
「わたし」という意識は消えてしまい、本人の自覚なしに、存在としては「在る」ということが起きます。

アドヴァイタ(非二元論)とは、もう一歩進んで、この「在る」は、人間の自我意識が観ている夢だとしています。
すべての人間の脳の機能が停止した状態になったと仮定してみて下さい。
人類全員が、自己に対するアイデンティティーを失ってしまった世界を想像してみて下さい。

そうなると、この世界を、今私たちが認知しているように認知できる存在はいなくなってしまいます。
それは、映像が流れていても誰も見ていないので、映像自体存在していることを誰も実証できない、ということになります。
つまり、この世界は存在しない、と同じことになるのです。

宇宙に於いて、少なくとも、この地球に於いて、
人間の脳の中の「わたし」という自我意識だけが、この世界をこの形で認知している唯一の存在なのです。
しかし、その「わたし」という自我意識でさえ、実在ではなく、ただの脳の働きの一つでしかありません。

これが、この世界の真実なのです。

それでは、人間の脳の働きがすべて失われてしまったとしたら、
すべてが無になってしまうのでしょうか?

いいえ、その時に現れるものこそが、存在の本質なのです。

私たちを生かし、非実在を実在であるかのように根底から支えている存在が、
私たち、すべての存在の本質であり、この宇宙で唯一の実在なのです。
それは、二元対立(二元の世界)を超えた存在であり、アドヴァイタ(ノン・ディアルティ=非二元の世界)が表しているところのモノなのです。

覚醒体験は、身体に起こることですが、
その中でも、メインは脳に起きることです。

覚醒は、「脳」がキーワードです。
脳の働きを考えずして、覚醒を客観的に理解することは、ただの戯言になりかねません。

これから、脳科学が更に進んでいくにつれ、多くの疑問が解明されていくことと思います。
覚醒体験も、アドヴァイタ(非二元=ノンディアルティ)も、やがて科学的に語られる日がやって来ることでしょう。
その時、阿部さんや大和田さんのメッセージや、今私たちがここでワイワイやり取りしている内容が、
科学的ではないにせよ、それほど誤ったものでもない、ということがわかることでしょう。

それでさえ自我意識が観ている夢なので、
夢の中で、「これは夢なんだ!」といくら訴えても、一笑されるのは仕方ないと感じていますが、
同じ考えでいる人がいるのは、少数派だけに、やはり嬉しいです^^

日和るさんのご質問のお答えにはなっていないかもしれませんが、
長文を読んで頂きまして、ありがとうございました^^
Posted by 永遠のリーラ at 2015年04月26日 22:16