自分は、才能があるとされる人達と同じ括りで扱われている障害者。引き合いに出されるのは歴史上の偉人とか、スポーツ選手とかアーティストとか学者とか。
この人達が実際に診断を受けたという訳ではないだろうけれど、どうやらそう推定されるらしい。
対して自分は、絵が上手い訳でもないし、スポーツもできないし、何か人よりも出来ることがないのに、なぜかこういう人達と同じ障害になっている。
眠っている才能がどうやらあるらしいとか言われるけれど、そんなおめでたい話は自分の場合にはどこにもない。無限にある可能性の中に、才能が眠っているらしい。でも無限にトライアンドエラーなんてできない。永久に才能探しなんて時間がない。
たとえその才能が見つかったとしても、今の年齢で伸ばせるものなんて、はっきり言って、ない。
20代後半で、見つかった才能を伸ばすなんて言うのは、はっきり言って無謀。時間の無駄で、競争の世界では負け。
世間的にはネット記事とかでも成功例の発達障害者が注目されるけど、同じ障害でありながら、何の魅力もない当事者がどういう顛末、生き方なのかってことを、一例としてこのブログで伝えたい。
はっきり言って、何の能力もない発達障害者は、隠れて生きていくことが一番無難な道ではある。
人前では絶えず恥をかかなければいけないし、人生の制約も実際多い。精神論では制約はないんだろうけど、現実的には至る所に制約がある。
実際にその立場にならなければ、それは分からない。だから、分からなくて当然だと思う。