Gauguin exhibition - ゴーギャン展


『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』(われわれはどこからきたのか われわれはなにものか われわれはどこへいくのか

D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?、


Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?


ゴーギャン展が7月3日から9月23日まで東京国立近代美術館でやってるみたいですね。折りにふれてゴーギャンの絵には旅の途中で会って来た。

今朝、ゴーギャンがNHKの教育テレビでフューチャーされて、テレビでゴーギャンの絵をみ、


そして、朝っぱらから何ですが、初めてなんだか俗っぽい見方が生まれたのでした。


なんだかゴーギャンて、もしかして、もしかすると、タイやフィリピンで風俗や簡単に手にはいる性を謳歌する西洋人の走り??


ゴーギャンとタイの島なんかで目にする(いや、それが中国でもいいのかも。そして日本でも)西洋人の心理にはなんだか共通点があるような。


西洋圏の、キリスト教文化の中でのコケイジャンの女性との交わりの中で満たされなかった何かが、自らの文化よりもずっと発展途上のところで、触発されて成就する。そして開花してしまう -たぶんsexualityっちゅうもんが。


驚くほど従順、すれてない、場合によってはsubmissive。にもかかわらず、審美的には、西洋女性よりも線も細く、力強い顔の骨格、カビ臭いモラルもうんちくも”まだ”ない。ましてや、きっとおっぱいなんてなんのそのとばかりに、隠すこともたいしてせずにその辺を美女がおっぱいをだして歩いていたのだろう。これはコルセットでしめあげたドレスを着てた祖国とはちと違う。そして開放的な気候。誰があの北ヨーロッパの薄ら寒い気候の中で半裸状態で生活できるか。


ゴーギャンも悪魔のささやきを森の奥から。


『オンナよ、多情になれ。多情になれば幸せになれる』


きっと彼も、パリで、コケイジャンでカトリック信者である、フランス女性(しかも結婚してる)に向かってこんなささやきを堂々といってのけることはできなかっただろう。


これは現在でも往々にしてみられる兆候だ。


事実として、西洋男性が東洋女性にの方が気安さを感じていることが多いと思う。
西洋女性には遠慮してか、言わないでおくその一言を、東洋女性には言ってしまう。
西洋女性に接するのとちょっと違うことが多い。


あ、ごめん。
最近神経質になってるの。
このクロスカルチャーな異性への関心といったらいいかしら。
ジャパニーズフェチの西洋人男性とか。。。



ゴーギャンはカビ臭くて、堅苦しい、先進国の文明に嫌気がさして(ゴーギャンは画家になる前に証券会社で働いているような人だったらしい)コケイジャンの奥さんと5人の子供を残し、ひとりタヒチに渡った。神学校にいったりするとこういう反動がでることもあるんだろうか?


タヒチで仕上げた作品をもってパリに戻るが絵はまったく売れず、相手にされず、セザンヌになんか、『支那の切り絵』なんていう酷評をされたらしい。支那の切り絵さんには悪いけど、これは褒め言葉じゃない。確かに印象はのスタイルとは異を放ってる。


楽園とはそう簡単に住む国を変えて得られるもんじゃない。
ゴーギャンもまたしかりで、タヒチに移り住んではみたものの、そこは必ずしも楽園ではなかった。かといってその後パリに戻ってみたところで、パリは彼を受け入れてはくれない。居場所を失って、帰るところがなくなってしまったゴーギャンは、当たり前だけど絶望して自殺未遂なんぞもしてしまう。

希望を信じて移り住んだ場所もだめ、
祖国もだめ。
作品も受けない、売れない。
奥さんは他の人と結婚。
身体はがたがくる。



ここでなぜだろうと思わずにはいられないんだけど、私は輝かしい成功者のバイオロジーよりも、あがいてもがいて苦しんでぼろぼろになって死んでいった人のバイオロジーに深く心を打たれてしまう。器用に生きられなかった人たちこそ、美しく思えてならないのよね。


いつかボストン美術館に行って、『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』に会いにいこう。