boyaki - ぼやき8 -cremation-


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ジョンとの最後のお別れは、友達3人と。
もう、悪化がひどいから会わない方が良いと言われても、誕生日おめでとうと、お別れがいいたくて4人でジョンに会った。
このまま家に連れて帰って、ベッドに寝かせてやりたい。
ジョンはもうこの体の中には存在しないから、もう痛みもないのだと思いながら、ジョンは喋れず動けないだけで、友達がこうして来てくれたことを判ることができるようにも思える。




ジョンの棺を載せた車に続く。ジョンと一体になろうと、棺の十字架を通してつながろうとする。
いつまでも私たちは一心同体だから、今日の葬儀もジョンと一体になって、きっときちんと終わらせられる。
無事に。




私がつくった天国へ行く道は、よく照らされていて、歩きやすかっただろうか?
堅苦しくなく、着なれた服をきて、不便はなかっただろうか?
出発の日はジョンが人生をスタートさせた誕生日。たくさんの友達と、極短いReading。湿っぽすぎず、厳かすぎず、たくさんの花で、道をつくった。ジェイドがジョンの道を照らし、ジェイドの剣が、ジョンを勇気付ける。ジョンが不安にならないように、ジョンが迷わないように、あまり寂しく思わないように。




私が泣くことが一番ジョンを哀しませることだったから、今日は泣かない。
私が泣くと、一緒に泣いてしまうようなジョンだったから、今日はジョンを泣かせない。
もう、2年近く一緒に泣いてきた。
サービスがはじまって急に降り出した不思議なにわか雨の音を聞いた。



結婚式のときに流した曲をもう1度流した。好きな曲は好きな曲。



よく一緒にお風呂につかりながら、ジョンが歌っていた曲が流れた。
ジョンの葬儀が終わった。
いよいよジョンが灰になる。




葬儀に参列してくれた人と話しをしながらも、ジョンが気になる。
ひとりで大丈夫だろうか?
何か別のものに自分が自由自在に動かされているようでもある。
来てくれた人は、これから1人で大丈夫かと私に聞いてくれるけれど、ジョンの方が心配である。
ジョンはひとりで暮らしたことがない。



「そうでしょう?」というと「そうだよね」と。
「ジョンはどこ?」と怒鳴ると、「ここ」と。
「ただいま」というと、「おかえり」と。
いつもジョンが答えてくれた。
どんなときでもありがとうと。
嬉しそうにテーブルの前でいただきますと。
ジョンの拙い日本語がジョンの声とともに蘇ると苦しい。



私の歎きはくどくて長いから、人前では歎かない方がいい。




自分のこれからを思うより、ジョンの今までを思う方がよっぽどつらい。




今の2倍も3倍も早く歳をとりたい。自分がまだ34歳であることが辛い。




熟れた夕日の中でじりじりと時計の音にせきたてらても手立てがないまま、脂汗をかきかき、ジョンが死んでいった季節ではもうなくなっていた。



ジョン、ドックヤードのコンカーツリーが今年も、実をつけはじめたよ。化学療法の合間に散歩ができたときに、ふたりで見たあの木だよ。




特設の小さな祭壇をジョンにつくった。写真と腕時計と眼鏡を置いて、ジョンの箸と茶わんもそこに一緒に置いた。




サルサを助けたのはジョンでしょ?ジョンちゃんはサルサ子ちゃんのお父さんだもんね。
「サルサ子ちゃんのお父さんは誰ですか?」というと嬉しそうにハイと答えたジョンの笑顔が浮かぶ。
ジョンと一緒だったときの私は消えてしまったけれど、サルサと遊んでいるとときどき姿を顕わす。




サルサにはしばらく私のそばにいてほしい。サルサがどれだけ私を助けているのか、私がどれだけサルサを必要としているのかがわかった土曜日の朝。サルサの命に別状はないとわかって、私はぐったりと疲れてしまった。ジョンが残してくれたサルサをなんとしてでも守らなくては。




ジョンのかかりつけの医院で、診察を受けるのをまっている母親と赤ちゃんも、いつもジョンと腰をかけて待った椅子も、子供のために用意された絵本も、いつもと同じ受付の人も、ラジオも、テーブルの上のリーダーズダイジェストも、何もかもが堪え難いほど辛くて、目を開けていられなかった。タオルの中で目を閉じたら、ジョンの面影が蘇って、今度は涙が止まらず、顔をあげられなくなった。




日ざしが頬と肩に焼きつくなかでいくぶん放心して毎日歩き回っていたときは、じりじりと汗がでたというのに、もう肌寒い。夜も足がなかなか暖まらずに眠れなくなった。それでもジョンは死んだきり。冬がきてもジョンはずっと死んでいるのだろか。




わたしをびょうきからまもってください。
わたしがびょうきにかてますように。
ジョンの手書きのひらがながメモ帳からでてきた。文字は人柄を顕わすというけれど、ジョンの書いたひらがなは本当に素直な曲線を描いている。ジョンの人柄にもう1度触れたような気持ちになる。