時は流れる- 私が英語と出会った理由-8
その翌日、7月18日、私は、センセイが癌だと診断され病院に入院していることを知り、その日のうちに八王子の病院を訪ねた。一応腫瘍のあった部位は取り除かれたのだが、他への転移の有無は術後の症状が落ち着いてから検査をすると担当の医師は言っているらしい。
思い起こせば、女子大時代、センセイのワークショップを受講する生徒達が私を含めてセンセイの自宅に招待された時、私は「センセイの奥さんになんて会いたくない」といって行かなかった。センセイが奥さんの焼いたパンを研究室に持ってきて、研究室を訪れる学生達に振る舞っていた時も、私は「奥さんの焼いたパンなんかいらない」といって手を出さなかった。
そのセンセイの奥方に、ほんのつかの間ではあったが、病室で初めてお会いすることとなった。言うまでもなく、不本意などとは決して思わなかった。
奥方が帰られてから、センセイと私はいつものように世間話をした。初めて会った頃から20年も経っていて、いよいよセンセイが大病をしてしまったことなどまるで嘘のようだった。やっと流動食が食べられるようになったというセンセイに弱々しさなど全く感じられなかった。あれもセンセイの強がりか。
向島生まれのセンセイは、癌などという往生際の悪い病気になってしまったことをつくづく『格好悪い』と思っているようだった。きっとどうせ死ぬのならパーッと花火のようにいさぎよく散って誰にも迷惑をかけたくないと思っているのだろう。でもセンセイには言わなかったけれど、センセイから『癌のにおい』は全く感じられなかった。夫のように一緒に寝た訳でも身体を近づけたわけでもないから判らないが、夫の時は、腫瘍マーカーがあがる時、また一歩癌が悪化する時、夫の身体からいつもと違う『におい』がした。薬臭いような化学薬品ぽいにおいだ。それを私は「癌のにおい」と呼び、このにおいを感じた時はいつも嫌な予感に心が塞いだ。私はこれを英国ケンブリッジ大学のAnimal Welfareの先駆者である教授に話したことがある。そうしたらこの教授は少しも驚かずに、『大いにありえますね』と言った。
事実、ケンブリッジ大学では犬に癌を嗅ぎ分けられるかどうかの研究を始めているとか、検討中だとかということを聞いたことがある。
だからセンセイ、大丈夫。
って言いたかった。
東京にいる間、出来る限りセンセイに会いにいくつもりだ。
その翌日、7月18日、私は、センセイが癌だと診断され病院に入院していることを知り、その日のうちに八王子の病院を訪ねた。一応腫瘍のあった部位は取り除かれたのだが、他への転移の有無は術後の症状が落ち着いてから検査をすると担当の医師は言っているらしい。
思い起こせば、女子大時代、センセイのワークショップを受講する生徒達が私を含めてセンセイの自宅に招待された時、私は「センセイの奥さんになんて会いたくない」といって行かなかった。センセイが奥さんの焼いたパンを研究室に持ってきて、研究室を訪れる学生達に振る舞っていた時も、私は「奥さんの焼いたパンなんかいらない」といって手を出さなかった。
そのセンセイの奥方に、ほんのつかの間ではあったが、病室で初めてお会いすることとなった。言うまでもなく、不本意などとは決して思わなかった。
奥方が帰られてから、センセイと私はいつものように世間話をした。初めて会った頃から20年も経っていて、いよいよセンセイが大病をしてしまったことなどまるで嘘のようだった。やっと流動食が食べられるようになったというセンセイに弱々しさなど全く感じられなかった。あれもセンセイの強がりか。
向島生まれのセンセイは、癌などという往生際の悪い病気になってしまったことをつくづく『格好悪い』と思っているようだった。きっとどうせ死ぬのならパーッと花火のようにいさぎよく散って誰にも迷惑をかけたくないと思っているのだろう。でもセンセイには言わなかったけれど、センセイから『癌のにおい』は全く感じられなかった。夫のように一緒に寝た訳でも身体を近づけたわけでもないから判らないが、夫の時は、腫瘍マーカーがあがる時、また一歩癌が悪化する時、夫の身体からいつもと違う『におい』がした。薬臭いような化学薬品ぽいにおいだ。それを私は「癌のにおい」と呼び、このにおいを感じた時はいつも嫌な予感に心が塞いだ。私はこれを英国ケンブリッジ大学のAnimal Welfareの先駆者である教授に話したことがある。そうしたらこの教授は少しも驚かずに、『大いにありえますね』と言った。
事実、ケンブリッジ大学では犬に癌を嗅ぎ分けられるかどうかの研究を始めているとか、検討中だとかということを聞いたことがある。
だからセンセイ、大丈夫。
って言いたかった。
東京にいる間、出来る限りセンセイに会いにいくつもりだ。