時は流れる- 私が英語と出会った理由-5

外国人男を3人ほどセンセイに会わせてもいる。
私がセンセイに外国人男を会わせると、センセイは誰彼構わず必ず彼らに忠告する。
『このヒトを典型的なジャパニーズウーマンと思っちゃいけません』
一体どういう意味だ。

その中のひとりは亡き夫、次のひとりは今のボーイフレンドだ。
最初に会わせたイギリス男は今でも私のよい友達だ。その彼に会った時センセイは『酒はくびを持て、オンナは腰を持て』と熱燗から彼の酒を注ぎ足しながら言った。これがこのイギリス男のツボに入ったようで、10年以上たった今でも、これが語りぐさになっている。
(これは多分、とっくりから熱燗を継ぐ時にクビを持てば熱くなく扱いやすく、女性もやさしく腰(ウェスト)に手を回してあげれば素直でいてくれるだろうくらいの意味だったのでしょう)

渡英から戻り再び東京で働き、仕事帰りや昼休みに時々思い出してセンセイにお菓子を贈り、ときどき機会をみつけてセンセイとお酒を飲んだ。そしていつでも手紙のやり取りをしていた。

私が結婚を機に渡英してからも手紙のやり取りは続いた。私はよくセンセイの筆跡を手でさする。
センセイの字は美しく、外国で見るセンセイの字はことのほか美しかった。日本人特有の細かさを判ってもらえず孤立感に苛まれた時など、はがきや便せんの上のセンセイの字をよく手でなぞったものだ。
時には俳句が一緒に書いてあったり、漢詩が書いてあったり、センセイの便りには、季節があって、いつも教えがあったように思う。センセイのワークショップでオックスフォードディクショナリが題材になったことがある。『こーんなぶあつくて全部英語で書いてあるのなんて敷居が高すぎる』と弱音を吐いた学生にセンセイがこういったのを覚えている。『判らなくてもいい。判らなかったら毎日昼休みに(辞書のある場所に)やってきて辞書を触りなさい。さするだけでもいいから辞書と触れ合いなさい』。センセイがそう言ったように私はセンセイの筆跡に指で触れた。

結婚をしてイギリスで生活をし始めた頃、センセイがチャールズラムの研究をしていてクライストホスピタルに行って、ラムやコールリッジの銅像が建っているからその写真を取ってきて欲しいと言ったときは実に嬉しかった。やっと何か「使えること」が自分にもできると。

つづく