バーテンダーのライムに対する関心は「果汁がどれほど搾れるか」に一極集中しており、酷なことを言えば、他に知っていることと言えば「メキシコ産」ということ位の場合が多いのではないでしょうか。正直なところ、僕の場合もそうでしたが。(笑)

世間を騒がしていたライムの品薄状況もどうにか一息ついたところで、もう少しライムについて書いておきます。ジントニックを始めとする多くのカクテルに使われていながら、今回のライム騒ぎに触発されてあらためて調べて気付いた部分もあったので。

のっけからですが、じつはメキシコにライムはありません。メキシコに詳しい方なら周知の事実ですが、もう少しちゃんと説明すると、我々が「ライム」と呼んでいる果物をメキシコでは別の呼び方で呼んでいます。現地では「リモン」と呼ぶらしく、先日のキーライム講習会で現地の発音を確認しましたが、やっぱり「リモン」で、ちょっと訛りのある日本語で「檸檬」を発音するときのような音調でした。

で、日本でライムと言うのはカクテル大国アメリカの発音に準じているからだと思われるのですが、面白いのは英語の辞書で「ライム」をひくと「消石灰」やら「とりもち(小鳥を捕獲するときに使う粘性の物体。本来はモチノキという木の樹皮をふやかして作る。食用にはならない)」も英語では「ライム」だそうで、ここで一挙に我々が知る「ライム」からは離れるのですが、一見無縁に見える語意が意外なところで洋酒と接点を持っています。

バーテンダーの方ならご存知の「ライムストーンウォーター」。そう、日本では酒の仕込み水に使うのは「灘の名水」ですが、バーボンの仕込み水のなかで「ライムストーンウォーター」は一等上質な物だそうです。ここで言う「ライム」は酸っぱい果実の方ではなく、「石灰岩(ライムストーン)で濾過された水」ということで、初めて聞いた時、僕の脳裏ではアメリカ人がニコニコ笑いながら、水にライムを絞りいれ、石を放り込んでかき回している姿を想像したものです。

本来のライムの話に戻りましょう。こちらは日本ではメキシコ産が99%を占めることから中南米が原産のように思いがちです(※今回の品不足騒ぎのときには一時ニュージーランド産も輸入されていたそうです)が、原産地はヒマラヤで、西回りにメキシコに辿りついたものが太平洋を渡って日本に輸入されているわけです。数年前まではキューバ産が「ボデギータで飲まれている本物のモヒートを!」を合言葉にメキシコ産の牙城を切り崩そうとしたものの力及ばず、メキシコ産の市場に食い込むことは叶わなかったようです。

ここでもう一度おさらいをしておきたいのですが、ライムはまず、スイートライムとサワーライムに大別されます。日本にはスイートライムは殆ど入ってきていません。スイートとはいいますが日本の冬みかんのように甘いわけではなく、酸味が弱い・・・例えると苦くないグレープフルーツという感じだとか。今まで一般に使われていたのが、アメリカで品種改良して果実を大ぶりにしたうえで種を無くした大果種=タヒチアンライムで、先日日本で本格的に輸入が始まった小果種=メキシカンライム=キーライムです。つまり、今まで日本に入ってきていたメキシコ産のライムは植物分類でいう「メキシカンライム」ではなく「メキシコ産のタヒチアンライム」だったわけです。

これはこぼれ話のこぼれ話になりますが、僕もタヒチアンライムとメキシカンライムではしばらく混乱していました。青果関係のHPでも「現在日本に輸入されているものの殆どがメキシカンライムである」という記述があり、そこで堂々巡りをしていたのです。

正確に誤解が無いように書こうとすると、いささかうんざりするほど回りくどくなるんですが、「従来から入っていたメキシコ産の日本向けライム」は現地でLimon Persa(リモン・ペルサ、「ペルシャのレモン」)と呼ばれているタヒチアンライムで、今回輸入が始まった小ぶりなキーライムはLimon Mexicano (リモン・メヒカーノ、「メキシコのレモン」)と呼ばれているメキシカンライムということです・・・お分かり頂けたでしょうか?

世界のライムの主産地についてはネットでも様々な統計があり、なかには中国がランキングの上位にあるというトンデモデータまでありました。この辺は柑橘系全体のデータと混同した単純ミスかと思われるので、これを外すと1位のメキシコは納得できるにしても、それに次ぐ国にはエジプトやインドという意外な国が、我々がイメージしやすいアメリカ(カリフォルニア)等より上位にランクされています。この辺はインドにイギリスがジンとトニックを持ち込んで誕生したジントニックにライムが不可欠なことを想起するとちょっと興味深いですね。

お酒からは少し離れるのですがインドやエジプトではどんな風にライムを使っているかもリサーチで判ってきたのでついでに説明しておくと、インドには果汁を絞って飲ませる屋台が街角によくあるそうです。ザクロなどは高価で、一番人気があるのがライムの絞った物に塩(!)と水を加えたもので、一杯40円位。水を炭酸に変えて瓶詰した「Limca(リムカ)」という飲料もインドの国民飲料として人気があるようです。

一方エジプトでは野菜スープの仕上げにライムの皮を擦り卸したものを振りかけたり、エジプトのこれも国民食である「コシャリ」という米と豆とパスタの煮込み(炭水化物のコラボの例としてよく挙げられる日本のお好み焼き+ライスより強力ですね(^_^;))に、チリと共にライムを絞るという方法で使われているそうです。

我々がバーで目にするライムは緑色ですが、じつはライムは緑色の時期がライム特有の香りと酸味が一番強いため、まだ未熟・・・文字通り「青い果実」のうちに出荷されます。そのまま収穫しないで置くと黄色くなり、一見レモンと区別がつかなくなります。「完熟」というと美味しそうに見えますが、酸味も香りも抜けてしまうため、本場メキシコでも黄色くなった物は商品価値が落ちるそうで、果皮がまだ緑色のうちに収穫すると言う訳です。

さて、日本に話を戻しましょう。明治時代から栽培が始まったレモンに倣って戦前、台湾経由で国産を目指した時期もあるようですが、日本でライムの生産が始まったのは輸入が始まった昭和40年代以降と思われます。現在日本では愛媛(2.5t)香川(1t)の他、熊本県の天草で生産されていますが総輸入量(約2200t-2005年調べ)に比べると微々たる量と言っていいと思います。しかし、ここのところ数量的には出回って来たものの300円近くするメキシコ・ライムに比べると1個200円前後の国産ライムにもチャンスが周ってきたと言えるかもしれません。

加えて国産の場合、検疫を経ないので防黴・防虫のワックスが不要で軽く洗うだけで使用できるところも魅力です。試したことは無いのですが国産ライムを使ったリキュールも「香来夢」というのがあるようなので、一度試してみたいと思います。

今回のテーマであるライムからは話がずれるのですが、先日銀座のアンテナショップを周っていたときに広島のショップで面白いリキュールを見つけてきました。以前、なにかのリサーチでそのインパクトあるラベルを見かけてから「いつかは購入しよう」と思っていたレモンの酒です。

上で少し触れましたが、日本でレモンが栽培された時期はライムよりずっと古く、明治6年に日本に入ってきた後、明治31年に広島県呉市大崎下島が栽培用に輸入したネーブルの木に混入していたレモンの木を栽培したのが始まりの様です。(広島県尾道市瀬戸田町にも「レモン発祥の碑」があるそうですが、こちらの詳しい経緯はわかりませんでした)

その国産レモン発祥の地で誕生したレモン酒ですから気合も充分、ラベルのインパクトもさることながらその製法に驚かされます。通常柑橘系のリキュールは浸漬法、つまり他の原料アルコールに果実を浸して香りを浸漬させるのですが、この「大長檸檬酒」はレモン由来(!)のアルコールで出来ているというのです。味も香料っぽい「レモン臭さ」ではなく果実由来の「えぐみ」さえほのかに感じる仕上がりであるうえ、カクテルにしてもへたりません。ラベルも外国受けしそうなデザインですしレモン由来のアルコールと言うことでリモンツェッロより一段上を行く製法と相まって海外の見本市などに是非出していただきたいものだ・・・等と考える、久々の「当たり」でした。

そんなわけで僕のブログでは(ITが苦手なこともあって)滅多にないことなのですがこの酒の画像をUPしておこうと思います。

大長檸檬酒