まさかの「義務化」

「議員の数の力で、法律なんてどうとでも変えられる」

そう考えているとしか思えない岸田文雄政権の「聞く耳を持たない」姿勢が如実に現れたのが、「マイナ保険証」の義務化です。

現行の法律では、マイナンバーカードの取得は、法律上では「任意」ということになっています。「任意」というのは、本人の意思で、作っても作らなくてもいいということ。

ところが、岸田政権は、このマイナンバーカードがなくては作れない「マイナ保険証」を、法律の改正もなく義務化するというのです。そしてさらに驚くべきことに、これまであった紙の保険証を廃止して使えなくするというのです。

これは、すでにある法律など無視して、事実上強制的に全国民に「マイナンバーカード」を持たせるということです。国民に対する恫喝なのでしょうか。

日本は、国民の意思によって制定された法律に従って運営される「法治国家」であるべきなのに。

しかも岸田首相は、2024年には現行の保険証を廃止して、「マイナ保険証」がない人には、新たな制度をつくって対応する旨の発言をしています。

新しい制度をつくれば、当然ながら人も予算もつくし、天下り先も増えるので役人は大喜びかもしれません。しかし、言うまでもなく、そこに私たちの血税が使われることは忘れてはいけません。

なぜ、使い勝手がいい現行の「保険証」を廃止して、わざわざ法律を無視してまで、使い勝手に問題がある「マイナ保険証」に多額の税金をかけ、新しい保険証の制度まで作らなくてはならないのでしょうか。

今まで政府は、3兆円近い血税を使って「マイナンバーカード」の普及を進めてきましたが、ポイントにつられてカードを作った人も含めて、まだ約半数しかカードを持っていません。

岸田首相が「聞く力」を強調するなら、まず、私のようにカードを持たない者の言葉に耳を傾けるべきでしょう。

もちろん、私はマイナンバーカードを作っていません。

カードを作らない最も大きな理由は、情報漏洩が怖いからです。

デジタル庁が運用する共通の認証サービス「GビズID」でさえ、今年3月、個人情報の漏洩が発生しました。デジタル技術を管轄するデジタル庁の情報が漏洩するというなら、何を信じればいいのでしょうか。

さらに、「マイナ保険証」については、以下の7つの点で、私は制度の危うさを感じます。

(1)使える病院、薬局が少ない

厚生労働省の発表では、10月2日時点での「マイナ保険証」が使える医療と薬局は、全国で約7万件。一方、日本にある医療機関と薬局は、現在約24万件。つまり、使える場所は約3割ということになり、裏を返せば、約7割のところでは使えないのです。

しかも、「マイナ保険証」はマイナンバーカードを持っていなと作れませんが、マイナンバーカードを持っている人も10月18日時点でやっと50.1%と国民の約半数にすぎません。

仮に、9割の人がマイナンバーカードを持っていて、9割の病院や薬局で「マイナ保険証」が使えるようになり、個人情報が完全に守られていることが実証されていれば話は別ですが、まだそうはなっていません。この時点で、紙の保険証を廃止すると公言するのは、あまりにも無謀と言えるでしょう。

2)近所の「かかりつけ医」では、「マイナ保険証」が使えない可能性が高い

「マイナ保険証」が使える病院の多くは大病院ですが、厚生労働省は、患者が大病院に集中して混雑することを避けるため、まず近所の「かかりつけ医」で診断をしてもらい、そこで手に負えなければ紹介状を持って大病院に行く方針を出しています。

ところが、近所のかかりつけ医は、「マイナ保険証」が使えないところが大半です。紹介状がなく大病院に行くと、初診に最低7000円の料金が上乗せされます(9月までは最低5000円でした)。これは最低の金額で、多いところでは1万円の上乗せというところは少なくありません。この料金には保険は効かないので、全額自己負担となります。

たとえば、上乗せが1万円の病院だと、初診に1万円かかって3割負担で3000円だったとしても、紹介状がないと、そこに1万円の自己負担が上乗せされるので1万3000円になります。

ですから、ほとんどの方は大病院でなく地元の「かかりつけ医」に診てもらうことを選択することになると思われますが、そこは「マイナ保険証」が使えないのです。そんなことがわかっていながら、厚生労働省がマイナ保険証を作れと言うのはおかしいでしょう。

ほかにもまだまだマイナ保険証の問題点はあります。【後編】「「マイナ保険証」が義務化…でも、あせって「マイナ保険証」を作ってはいけないこれだけの理由」で詳しくお伝えします。

暗証番号の管理が大変

(3)手続きが煩わしい

マイナンバーカードを健康保険証として利用するには、事前にマイナポータルでの登録が必要となります。

登録時には、マイナンバーカードを取得した時に設定した4桁の暗証番号が必要です。自治体の10万円給付では、この暗証番号を忘れてしまった人が続出し、窓口が大混乱になりました。

しかも、この暗証番号は、連続して3回間違えるとロックされて利用できなくなり、自治体の窓口に行ってロックの解除及び初期化の申請をしなくてはなりません。スマートフォンやパソコンでの手続きはできず、必ず役所の窓口に行く必要があるのです。

認知症になって暗証番号を忘れてしまった人や「マイナ保険証」持ちたくてもスマホやパソコンがない人、扱えない障害者、1人暮らしで身寄りがない人などの対応どうするのでしょうか。それに対する対応にいては、現状では未定のままです。

4)紛失、失効のリスクがある

「マイナンバーカード」や「マイナ保険証」には、有効期限があることを知っている人は、少ないのではないでしょうか。

「マイナンバーカード」の有効期限は10年で、「マイナ保険証」の有効期限は5年。「マイナンバーカード」が失効した場合には、「マイナ保険証」も同時に失効します。

たとえば、2016年に「マイナンバーカード」を取得し、2022年に「マイナ保険証」を取得した人は、2026年に「マイナンバーカード」を取得し直し、さらに2027年に「マイナ保険証」を取得し直さなくては、有効期限が切れて失効してしまいます。

紙の保険証」にも有効期限はあって3年ですが、「紙の保険証」の場合には、有効期限が切れる前に自宅に新しい保険証が送られてきますから、わざわざ手続きしなくても新しい物に取り替えて使えばいいだけ。シンプルで便利です。しかし、「マイナンバーカード」「マイナ保険証」では、忘れず役所の窓口に行って手続きしなければなりません。

また、「マイナンバーカード」を子供にもたせて、どこかに置き忘れたり、紛失すると「マイナ保険証」も使えなくなりますから、それも心配です。

5)詳細な医療情報は見られない

「マイナ保険証」なら、個人の医療情報を過去にさかのぼって見られるので、いつでもどこの病院でも適正な治療が受けられるというメリットを強調する意見も見かけます。道で倒れても救急搬送する途中に「マイナ保険証」の情報で適切な処置が施されて、命を失うリスクが下がるというイメージを持っている方もおられるのではないでしょうか。

けれど、これには誤解があります。なぜなら、病院と救急との情報共有はされていないし、「マイナ保険証」は医者のカルテの情報とも繋がっていません。

マイナ保険証」で見られるのは、主に40歳から74歳は、メタボ検診の情報と75歳以上は後期高齢者健診情報などです。しかも令和2年以降に実施した2年分の検診情報で、情報は5年たつと見られなくなります。患者のカルテではなく診療報酬明細書をベースとしたデータなので、たとえば5年前にガンで手術をした経過が、別の病院でわかるようにはなってはいません。

薬に関しても、令和3年9月以降に診療したものに限られていて、今のところ3年分の情報しかしか見られません。しかも、情報の更新は1ヶ月遅れになるそうです。これなら、リアルタイムに情報が更新されていく紙の「お薬手帳」のほうが役に立つ気がします。

政府は、来年1月には電子処方箋の仕組みを再構築して、薬剤情報をリアルタイムに見られるようにするとは言っていますが、あくまで政府の発表です。

(6)「マイナ保険証」対応の病院は、窓口での支払いが高くなる

「マイナ保険証」が使える医療機関では、使えない医療機関に比べて窓口で自己負担額が高くなっています。

現代ビジネスでも6月に「マイナ保険証」を使うと自己負担額が増えるのは理不尽だと書きましたが、そうした声が多かったせいか、10月からは負担額そのものは改定されて減っています。

9月までは、「マイナ保険証」を使った場合、初診では21円の負担が上乗せされるかたちでしたが、批判が多かったために10月からは上乗せの負担が6円に値下がりしました。ただ、「マイナ保険証」に対応している医療機関で「紙の保険証」を出すと、初診での負担は反対に12円の上乗せになりました。


ちなみに、「マイナ保険証」に対応していない医療機関には、こうした窓口負担の上乗せはありません。

あせる必要はない

今まで、政府は「ポイントをばら撒いてとマイナンバーカードを作らせる」という「アメ戦法」を取ってきました。1人2万円分のポイントと言えば魅力的に見えますが、この間にバラまかれたお金は2兆円。つまり、国民1人あたり2万円の税金が使われたことになります。

ところが思うように効果が上がらないので、今度は法律を無視して、「紙の保険証」をなくすという「ムチ政策」に舵を切りました。

しかも、このムチは自治体にも向けられていて、カード普及率が低い自治体は、地方交付税を減らすという、なんとも無理無体な方針も出しています。

政府の方針に従えない奴は苦しめ、と言っているようなものではないでしょうか。

だとしたら、どうすればいいのでしょうか。この際だから2万円もらってマイナンバーカードを取得してマイナ保険証を作ったほうが賢いのでしょうか。

もちろんどう判断するかは人それぞれですが、個人的にはあせる必要はないと思っています。

私個人としては、「マイナ保険証」の普及状況や安全性についてもチェックするつもりです。その上で義務化される2年後のギリギリまで様子を見ようと思っています。それまでは、「紙の保険証」を使います。

荻原博子さんより