最初の診療所の検査から1週間経った。
紹介状を書いてもらった総合病院の婦人科へ。
 
専門の先生に診てもらえるのを待ち望んでいたので、
この1週間は長く感じた。
 
その婦人科の先生のことをよく知るという、
診療所の先生も看護士の友達も、
以前にその先生に子宮筋腫を診てもらったという母の友人も、
みんな、その先生は優しくて良い先生だと言っていたので、
不安な私にはその口コミが救いだった。
 
とは言え、
優しいからって腕が良いとは限らんよな。。。
と心配性をのぞかせたこともあるけれど、
良いことを信じようと言い聞かせた。
 
この1週間。
私は子宮筋腫や卵巣嚢腫について調べた。
ドクダミ茶を飲んで、完全呼吸や足ツボもかじった。
もしかしたら!診療所のエコー検査以降、
私の子宮は良くなっているかもしれない。
 
そんな短期間で劇的に変わるわけもないのに、
幼稚な私は、ミラクルが起こっているかもしれないと期待した。
 
というのも、それほどに手術したくなかった。
それは身体にメスを入れるのが嫌だったから。
 
22歳の時に盲腸手術をした。
その時もまったく身体の異変に気がつかず。。。
翌日に両親とのカニ三昧旅行を控えていたのに高熱が下がらず。
点滴を打ってもらえばすぐに下がるかな、と安易に。
確か休日で、たまたま近所の総合病院に行ったら、
盲腸発覚で緊急入院だった。
 
もちろん有無を言わさず切る選択しかなく。
さらさら抵抗も感じなかった。
けど、術後しばらくして自分自身の身体がなんだか違う気がした。
 
以前のようにエネルギーがわかないというか、
お腹に力が入らないというか。
おならもよく出るようになってしまったし(笑)
 
その時に単細胞的に
「身体にメスを入れてはいけない」
と思った。
それが今も記憶に残っていた。
 
 
婦人科のN先生は、
パッチ・アダムスみたいで本当に優しい笑顔だった。
 
すぐにベッドに仰向けになってエコーを撮り、
それから内診をして、またエコーをみた。
 
「左に5㎝の卵巣嚢腫、
子宮筋腫が何個かあるね。
 
これはショウマクカ。
ここがほら。。。」
 
と続けて説明してくれるけれど、
初めて聞いたショウマクカの単語を忘れないように必死だった。
 
ショウマクカ:漿膜下は、
4つある子宮筋腫の種類のうちのひとつで、
子宮の外側に出っ張るようにできるもののことだった。
 
内診を終えて、
衣服を整え診察室に戻ると、
先生や看護士さんが急いだ様子。
どこかの部署に確認の電話をしているようだった。
私が椅子に座るとすぐに、
 
「今日は夕方空いてるの?
MRI撮ろうか。」
 
と言われて、
「大丈夫です!お願いします!!」と返事。
 
あとからじわじわっと、
『あの慌ただしさは、
もしかして大変な状況なの!?』
と疑心暗鬼になるも。
 
その後またネット検索していると、
子宮筋腫や卵巣嚢腫はMRIを撮らないと
ハッキリしたことは分からないし、
手術しないと、筋腫も良性か悪性か分からない、
と発見し安心した。
 
と同時に、
そうか~手術しないと分からないのか~
とも思った。
 
夕方からのMRIまで時間があったので
一旦帰って出直すことにした。
 

帰る前には血液検査もした。

ここ1週間で3回目の血液検査だった。

余計に貧血にならないのだろうか、

とぼーっと血液を見ていた自分が可笑しかった。

 
(写真は文章と関係ありませんが、4月に行った和歌山県田辺市の海がキレイでした♪)