セルフコーチングをマスターする!!*POF理論

セルフコーチングをマスターする!!*POF理論

自分をポインターにして映し出された
相対の世界を受容することで
その世界の相対である自分を愛する 
 
世界のすべてがわたしと相対との愛の響き

それが宇宙愛の体現者 Cosmic Artist
問題が創られない領域、パートオブフォーチュンを創造できる者

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おはようございます!

宇宙空間手帳術

天秤座期の最終日となりました。

 

天秤座期の月間目標

非個人的な情報からの価値生産

 

わたしにとっては、

どえらい価値が生産され終了となります。

 

この期間、

3段目には、両親の結婚記念日があり、手帳には、「記念日おめでとう」メールにて、両親と「しあわせ」波動共有ということが書かれてありました。

 

そして

4段目には、夫・わたし・長男・次男・三男でつくり出す、LUNA SEA 野外LIVEで家族時間共有にて「超楽しかった!」波動共有ということが書かれてありました。

 

そして最後の週、空白だったのですが、そこに

葬儀での家族の意思・感覚共有というところが入り

 

夫の海外出張の写真から、滞在していたベルギーのホテル周り、支社の中、新製品の共有を家族でし、「パパの仕事」をみんなで知る時間を過ごしました。

 

また、昨日、精神身体的疲労な姿を野球のお迎え時にさらしたわけです。そうして、ママたちに声をかけてもらい、LINEをいただき、そういうやりとりは、双方にとっての、「記憶」となることもわたし自身実感できる時間を創造しました。

 

 

 

人間関係で最期に残る部分は、どれだけ愛し、愛されていたのかという部分であり、その感覚と連動する記憶情報があるほどに、強い波動として人間の身体に残り響いているということもわかりました。

 

 

共同体からの情報により、

丸レッド自分はどの波動が心地よいのか

丸レッドどう在りたいのか

丸レッドどう死にたいのか

丸レッドどう生きたいのか

をダイレクトに知る天秤座月間となったわけです。

 

 

 

わたしにとって価値として捉えているものは、愛の響きだった。

その響きを共有するために、情報・記憶というものがあるということがわかりました。

 

 

 

どれだけ自分が、その響きを感受できるのか?という部分が人生創造の豊かさでもあると思います。

(今後のHIROMITTIのサービスポイントが、よりはっきりとしたということです。)

 

 

 

実際、家族との会話のなかでは、その感受の拡大のしくみをレクチャーするという時間も創造しています。

 

上差し実際に行動として創造されていることは大きな自分のヒントになりますよ。ポインターと分けて捉えることでそれを知ることができます。

 

 

父の太陽は、蠍座3度

弟の太陽は、蠍座4度(HIROMITTIと同じ)

なんです。

 

今回、この二人にひとりひとり2時間のレクチャーをすることになりました。言えば、わたしの男性原理そのものなわけです。そこに垣根なく伝えるということをする機会になりました。

 

 

どれだけ自分が、愛の響きを感受できるのか?という部分が人生創造の豊かさであり価値である。

ここがわたしの天秤座期のゲットですので、これを軸にして明日からの蠍座期、さらにコアをゲットするのだと思います。

 

 

上差し皆さんの天秤座期の現実映像という自分の宇宙は、何を語ってくれていましたか?
 

 

それをしっかりと認識することで、繁栄スパイラルを体感できると思っています。

 

 

 

ちなみに

蠍座期の月間目標は

【相手と自分の人格の殻を打ち破って他者と交流する】

です。

 

蠍座1グループに太陽を持つ父と弟にレクチャーすることで、このバイブレーションはフライングゲットしました。

 

交流の核にあるものを、伝えることが起きました。

 

それを含めまして、蠍座期のカレンダーをこれから書きます。

 

 

宇宙空間手帳術サポーターの皆さん、前日となりましたが、この週末のエネルギーをもとに、今から創りますので、しばらくお待ちくださいませ。

 

 

プレ始動は、冬至から。

本始動は、春分からを予定しております。

 

 

なお、冬至までの右往左往の開発期間に、色々とご意見いただけるサポーターも募集しております。

 

お手伝いいただける方は、LINE@コメントより、コメントいただけたらと思います。

 

 

 

 

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叔父の葬儀をポインターに

大きなシフトです。

 

久しぶりに多くの親族に会いました。

また、今回のことをきっかけに、わたしの父母、妹弟とも色々話しました。

 

家系エネルギーを直視するという機会は、こういったことでしかできないと思います。とても貴重な機会でした。

 

 

 

 

亡骸にはもう、エネルギーはない。

それも感じました。

人間が交流しているところは、物質ではないんですね。

 

自分の情報と相手の情報が交わらなければ、交流はできないと思いました。だから、ある意味、関わることができるということは、貴重です。

 

 

 

 

そしてシフトするほど、アクセスする場所が違うので、現実解釈が大きく変わります。

 

問題解決をする問題視ができることにとても面白さを感じることになります。

そこに入り込めないというか、エネルギーを感じることができなくなる。

 

それはそのフィールドに強くエネルギーをつなげている人にとっては、薄情な感じを受けるかもしれない。

 

やっぱりね

自分がどこと強くアクセスの線を持っているのかっていうところなだけのような気がします。

 

そのフィールド体験をしたいからこそ、そこで創造を起こしている。

 

よくわかりました。

 

氣づいてしまうと、もう戻れなくなります。

 

マジックのトリックを知ってしまうともう次の感動がなくなるように。

 

 

 

ということでね

わたしたちすでに、イメージの世界に入ってます。

 

肉体と交流してない。

 

もともとイメージと交流してた。

自分の創りだした映像と交流してた。

アンドロイドと交流してた。

イメージの送受信でなにやらつながりあっているのだろうと感じます。

 

 

想念の世界。

やばいですね。

 

やっぱり方法論、物質的アイテム、こうすればこうなるなど表面じゃなかった。

 

 

※ひとつ前の記事ですら、古い情報であり、もうその記事の世界観からはシフトしています。


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さっきの二つには
色々と反応ありがとうございます!
 
プライベートなことが書いてあったものも多いなか、代表的なコメント載せさせていただきます!!
 

 
シンクロ
そんな方が多かったです。
 
わかるわかるーって感じでしょうか。
 
LINE@メンバー
濃く濃くなっています。
 
 
ブログを読んで下さり
LINE@も
レターも
という方が多いです。
 
 
そしてコメントを下さることで、シフトに加速すると感じています。というのは、コメントを入れることで、切り離しをHIROMITTIとの二人で確認できるから。
 
書いたということは、もう、シフトをしているということ。
 
自分の選択で生きる
自分の選択に自覚し生きるということをコミットしているということ。
 
それは
誰のせいにもしない生き方。
 
このバリエーション
そしてここに向かうためには、剥いても剥いても玉ねぎの皮のように重なっている。遠いような氣もするよね。
 
でも
出てくるたびに
氣づくたびに
確実に核に近づいているのです。
 
 
読んでいない方はどうぞご覧ください。
お伝えしたいことがたくさんあり、だいぶ色々が重なっていると思います。
 
まずは、こちらから
丸レッド「いいわけ」としての正当化の飾りは見破られる
丸レッド他者視線を主軸(常識、観念通りならハブにされないという恐れ前提の行動)に動くことの違和感
丸レッド常に常に無限の可能性のなかで選択している
丸レッド主人公は、そのストーリーの中心は、自分。誰かを主軸にしたとしてもすべて最終的には自分が決めている
丸レッド自分のストーリーを自分が創造している
 
そしてこちら
丸ブルー過去データをクリアリングすることと、次のスタンプの場所『こう生きる』が現れるのは同時
丸ブルー事象は、自分の観念クリアリングなので、同等、並列(自分のつけている意味を知るために起こっている)
丸ブルーたくさんの役者を演じるなかで感情を揺さぶられているとしたら、その役割を使って飾りのそぎ落としが起きているだけ
丸ブルーどこにも自分などいない、情報の展開があるだけということを知るために様々な役割を演じている
丸ブルー家系に伝わる思考パターンを、家族、親族通してクリアリングしている。一人が変わると大きく家系そのものが変わる
丸ブルークリアリングすることで、思考パターンに覆われていた自分の「快」「やりたいこと」に氣づく
丸ブルークリアリング前のわくわくは偽物、自分のパターンクリアリングを避けた正当化
丸ブルー状況、条件関係なく自分で在れるっていうのが最高の自由(人気者になるわけでも、お金を持つことでも、人脈を持つことでもなく、それら物体、外側に左右されない位置を知っていること)
丸ブルー自分を知るために、情報として自分概念をわかせやすい人、状態などを呼ぶ。そこから自分を知るという視点を持つことでシフトする
丸ブルー条件ではなく、どう在りたいのか(すべてを手に入れているならどんな自分で在るか)で、常に存在するだけでいい
丸ブルーすべてが自分のものだからこそ、拾うだけ、選ぶだけという感覚に移行する
丸ブルー全部が自分だという感覚を落とし込んでいくための役者
 
 
 
すべてが自分であり、全部を許されていて全部を与えられている存在位置で何をするのか?という部分をやることで、すべてが自分だという位置を創造していくのです。
 
違うんです、差があるんですっていうところからの表現をしているからこそ差を創っているんです。
 
守られていない、不十分だっていうところを、やるからこそ成り立つっていう世界もある。
 
遊びなんですよね。
 
でも宇宙のデフォルトは、十分満ちているっていう感覚。だからこそそこに向かうため、不十分っていうところから表現していると喝を入れられます。
 
それを受け止めて、表現変えないと何度も来るし、表現を変えると次のステージにシフトします。
 
 
本当に
ゲームみたい。
 
 
家系クリアリングをして
自分を表現するために
色々が起きていたということがわかると
 
自分の表現に丁寧になります。
 
シンクロというかさ、集合的にみんなでシフトしていっていると思っています。
 
みんなで一緒にやってるよ。
 
 
 
 

テーマ:

色々が動いています。

 

先ほど書いたこれ

URL2自分のストーリーの軸にもどる

 

ここに書いたのは、叔父の葬儀をポインターにした、色々な過去データのクリアリングと、次何を自分が選ぶのか?のスタンプラリーの道案内です。

 

すべてが情報になっていて、同じ大きさであるということがまず第一条件。

 

だからこそ選択ということがおきてくるわけです。

 

何を選択してもいい。

そして常に自分のみが選択をしているんです。

 

 

 

前回の記事の中で言えば、役者が色々配置されています。

ストーリーをみているのは、わたしであるということを強くしないと、こんなことが起こりますよ。

 

上差し弟の死で悲しんでいる母親にとっての役割

上差しワタナベ家長女(第一子)母のである親戚の中での位置

上差しオノ家長女(第一子)である役割

上差しババ家である役割

上差し野球選手たちの役割

 

ここにひろみちゃんいない。

 

無意識のなかでね、役割をやろうっていうそこで動きが起こっています。

 

そして、色々を判断するとき、その役割を基準にした判断を自分のもの(ひろみちゃんのもの)として推し進めていく。

 

見えない世界で葛藤だらけです。

 

だって、子どもを主軸にしたら、そりゃ練習参加がいいと思うし、叔父さんの家を主軸にしたら、こう動いた方がいいよねと思うし、実母主軸にしたら、何時に家に着いたら一番負担ないかなとか考えちゃうしさ。

 

お正月、お盆も、ババ家の嫁としての動きや、行った先での母とした役割を中心に動いてる。それは主軸を、舅姑や、夫、子どもにおいてる。

 

そこにわたしは不在で。

振り回される。

 

いったい何を選べばいいの??

 

家族が増えるほど、役割が増えるほど

その迷いは増えるよね。

 

で、それが全部、ひろみちゃんのものだと思っている。

だからこそストレスとなったりする。役割でぶつかってるから。

 

 

でもね

わたしっていうものは、どこにもない。

どれも違うんだよね。

全部が、こういうときはどうたらっていう情報でしかない。

 

本当のわたしっていうのは、役割を越えていったところに在る。

条件、状況で左右されない位置。すべてが情報だとわかっている位置に本当のわたしっていうのがあり、それは常に、今重なってる。

 

 

 

 

その役割ごとに色々と学びはあると思ってます。

必要があってその役割を与えられている。

 

それはその役割で、自分というものを拡大させ、家系クリアリングをやり、情報を越え、純粋に自分で在れるため。

 

注意だから、役割をバッサリと、自分軸じゃないからって外すことが最善だとも思わない。(ここが結構最近世に出回っている部分。わくわくを選ぶ、快を選ぶ、の勘違い。)

 

 

役割のなかで、自分はどう在りたいっていう部分の重なり。

役割といういつもとは違う部分でも自分を受け取り、色々をやるなかで、じゃあそのとき、状況、条件関係なく、どう在りたいのか?っていうところが見えてくる。

 

 

状況、条件関係なく自分で在れるっていうのが最高の自由。

 

 

だからこそ、役割で動くっていう時間も設定されているんだと思っています。

 

そこをやらないと、自分の快に氣づかない。条件に左右されたところで、反動を繰り返すだけで、シフトに繋がらない。役割に付随した全部が、情報である自分の決めた概念ってわからないとシフトに繋がっていかない。(他人ていう概念ではない7ハウスの目がないとね。)

 

 

だからね

起こってくることって

最高なんです。

 

 

役割を与えられ、そこで色々な感情を味わい、そこに縛られ動くっていう体験も必要。

 

それをやるからこそ、条件に縛られていることがわかり、縛られていない位置をその条件のなかで見つけることができる。

 

 

そこでやっと、条件なしの並列、平等、になり、快で選ぶということが起きてくる。

 

 

ただただ

ここは嫌、だから行かない、好き放題ってやっているのって高次じゃなく低次でしょ。いいわけだし、シフトを自分で阻んでいるだけ。そこに入ったら、攻撃されるっていう部分を固定しているだけ。外を変えようとしている。外に振り回されている。

 

 

子どもから大人になって、縛られることを体験し、そこを自分でほどいていく。

 

この過程にいつだっている。

内に戻る過程にいる。

 

 

 

インナーワールドに氣づき、そこを越えていく。

自分でどう在りたいのか?

そこから真の自分という部分に触れていく。

 

役割に振り回されている位置から、創造者の位置へ。

外に振り回される体験がないと、わからない。

 

 

どうしたいのかっていうのは

どう在りたいのかっていう部分。

 

どの条件でも、周り関係なく自分で在れるっていうこと、ここにシフトしていく過程。

 

 

この感覚がわかったら、『ほしいものを受け取る』にワープしていくだけっていう身軽さになるんだと思う。それは、そこに行動していくっていうこと。行動に条件がつかなくなってくるということ。

 

狩りをするだけ。採って食うだけ。

原始人だな。

 

過程がないとやばいね。

過程があるからこそ、厚みが出るようなイメージ。そこにバイブレーション現れていく。そのバイブレーションで現実立ち上がっていく。

その分厚さが人間世界を楽しめるポイントなのかもしれない。

 

 

 

 

あなたは何が好き?

それぞれなので、どうであってもそれぞれなので、自分の過程のみを楽しんだらいいです。

 

他人のことはいらない。

 

全部自分のインナーワールドのみが常に起きてるから。その他は映像だからね。

 

その位置で。

常にどこであってもわたしを表現しているけれど、それは情報の変化であって、わたしそのものでない。

 

それを知るために、今のわたしがいる。

 

 

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おはようございます。

時差があるベルギー出張の夫とのLINEで
(今ここは5:33、向こうは22:33)
やりとりしているわけ。

どちらも昼なのは、こちらの夕方あたりで
それでも仕事中だと思うので、途切れ途切れのコミュニケーションのなか、親戚の葬儀の日程もろもろを知らせたわけです。

父としては
長男の部活のことが気になっているらしく、ここで休んだら、活躍の場はさらになくなるだろうと思っているみたい。それは、野球を中学限りだと決めている長男にとっては、野球人生を考えたときあと1年なんでね、楽しく試合に出られるか否かってところでは大事。

わたしとしては、それもわかるけど『は?』でした。

葬儀に行かせるのも、部活に行かせるのも親のエゴだというんです。だから本人の意思で、行きたければ帰省したらいいと。

土日祝が野球で、休まないことが基本になってます。休まないことが基本なんです。
そして正月、盆の数日は夫の実家に帰ってる。

とすると、ここ数年間、思うように帰省できていないわけ(夏休みは、平日も部活がある)。

わたしとしては、このときくらい
『親のエゴ』で部活休めばいい。

わたしが、家から動く、場を変えていく、いつもを変えていくって、結構なエネルギーが必要でね、それでも行きたいって思った。

今回限りになるだろう親族の集まり
そこに子どもたちを参加させるってわたしとしては大切な時間。




正解などないというところで、決断の根底に何が流れているのかというところが大事。



そのちょっとした引き戻し。
行くって決めて、返事して、もうみんなで行くつもりになっているところに、『本人に確認しろ』の言葉。

夫はなに大事にしてるんだろう?という疑問。
どんな状況でも『本人が選ぶ』というところを本気で選ばせたいのか、選手として採用されずにずっとベンチで過ごす子どもを見たくないのか、の響きはね、わたしが感じたのは後者。だからものすごい反発が沸き上がった。


いいわけってさ
わかるんですよ。

言葉は同じなようでも、スタート違うとわかるんですよね。伝わってくるものがスタートの部分で。

だから『は?』ってなる。

言いたいこと、違うの伝わってるのに、なぜ飾り付ける?ってね

きっと誰でもキャッチしてる。


スタートと表現一致してるかどうか

ここね
大事にしたいです。


こんなときは、電話をかけておいた方がいい
とか、母から言われたとき『は?』って思ったり、【外を氣にして自分が動く】っていうスタートに、響きが合わない。

言われたから飛び込んでみて、そこで自分の
感覚感じて『そういうとき』のデータとったけどさ。

全部が全部
『未』なわけで、何を選んでもその際どんな体験かわからない。

ポインターがさ、長男だけ置いて帰省するとか、葬儀に参列するとか変わるけど常に未知。

父が海外行ってて、母も他県に出てて、その間、部活に行ってたところで、何になるかわからない、

そうかと思えば、わたしと子ども3人帰省のなか何が起こるかわからない、

ここに普段の生活してるようでも、何が起こるか常にわからない。

そんなフラットななか、こうやって、何を選ぶのか?ってこと、毎瞬選んでる。


慣習とか
こう思われるからとか
常識だからとか

そういうのを崩していく流れのなかにわたしたちはいる。

土日祝の過ごし方
正月、盆の過ごし方
野球との関係
離れて暮らす親族との関係
子どもとの関係
夫との関係

一気に出てきてるよ。

どうしたいのか?
はね

もう
これだけ盛りだくさんのなか

主人公は
わたしなの。

わたしのストーリーなの。

決定権はわたしなの。

これだけ主人公が多いようにかんじられるんだけど、シナリオはわたしがつくるの。
ここからつくっていくの。

そこずれないように。
 




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