涌谷城(わくやじょう)は、宮城県涌谷町にある平山城で、別名「涌谷要害」
とも呼ばれています。城が築かれたのは、江合川が丘陵にぶつかり流れを変
える地点。自然の地形を巧みに利用した舌状台地の上だ。標高約20mほど
の小高い丘は、川に囲まれた天然の要害であり、戦国から江戸初期にかけて
重要な拠点として機能したというそうです。
現在、城跡は「城山公園」として整備されていて、桜の名所として知られている
んです。園内には、宮城県内で唯一現存する城郭遺構「太鼓堂(隅櫓)」が残り、
その隣には三層櫓風の資料館が建っています。資料館は実在した天守を再現した
ものではないが、城下町の歴史を学ぶには欠かせない施設になっています。
現在、城跡に残る太鼓堂(隅櫓)は、当時の城郭の面影を唯一伝える貴重な
遺構で、石垣や空堀も残っています。
涌谷城址は現在「城山公園」として整備されていて、町の憩いの場として親し
まれています。城跡の高台には太鼓堂(隅櫓)と資料館が並び、周囲には桜の
木が広がっています。
涌谷城址を歩くうえで、最も心を奪われる建物が「太鼓堂」ですね。
天保4年(1833)に再建された隅櫓で、宮城県内で唯一現存する城郭遺構として
知られています。城跡に残る櫓は全国的にも貴重だが、涌谷城の太鼓堂は規模こ
そ大きくないものの、どこか凛とした佇まいがあり、城の歴史を静かに語り続け
ていますね。
涌谷城の歴史は、戦国時代の大崎氏の家臣・涌谷氏に始まるそうです。その後、
豊臣秀吉の奥州仕置によって領地が没収され、木村氏を経て、伊達政宗の家臣
・亘理重宗が入城し、これが涌谷伊達氏の始まりなんだそうです。
重宗とその子・定宗は城郭を整備し、涌谷の地を伊達家の重要拠点として発展
させたそうです。定宗はその功績から「伊達」の姓を名乗ることを許され、涌
谷伊達氏としての地位を確立したそうです。
資料館の最上階より涌谷町内を見た所。
公園内や河川敷を散歩するのに良い感じですよね。
江合川堤防の桜並木も城山公園の魅力のひとつなんです。
春には河川敷から公園内にかけて、桜が咲き乱れ夜にはライトアップもされて
とても綺麗ですよ。
公園内には綺麗な花が咲いていました。
なんの花だろうと調べてみたら、ワルナスビと言う北アメリカ原産の帰化植物で、
非常に繁殖力が強く厄介な雑草なんだそうです。















































