ゲシュタルト



ドイツの精神医学者でゲシュタルト療法の創始者フレデリック・S・パールズが書いたもので、ゲシュタルトの祈りというものがあります。







ゲシュタルトの祈り



私は私のために生きる。



あなたはあなたのために生きる。



私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。



そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。



私は私。あなたはあなた。



でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。



たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。





お母さんや、お父さんをガッカリさせたくなくて、

いつも自分の考えを後回しにしてきた人は、

自分の本当にしたいこと、何が好きなのかが分からない人がとても多いです。






ここに出てくる「私は私」「あなたはあなた」の部分は決して利己主義のことを言っているのではなく、

自他の区別をつけ、相手との境界線を健全に保ち、

自主性の確立・人間の成熟のことを言っています。





本当の意味で成熟した人の「私は私」とは、たとえ周りの人が自分の思い通りに動かなくても、

がっかりする事がないのです。




行動を期待する期待通りにならない怒り・悲しみ

にならないと言うことです。




もしも、相手の行動に怒りを覚えたり、苛立ったり、悲しくなってしまうなら、

それはまだまだ相手に依存しているということ。





相手にも意思があり、自分なりの正しさや、価値観で動いています。




優先順位も違いますし、その日の気分でも変わりますよね?











自分は何がしたいのか?


どうなりたいのか?

 



これらを明確にして、ただそれを行動に移していくこと。



それが、自分を尊重する事であり、

自分を幸せにしてあげることでもあります。



 


私達には、それぞれ生きていく中で沢山の課題があります。それを地道に1つ、1つ丁寧に自分の成長のために、達成していく他ないんですね。





わたしはいつも、良い言葉に出逢う度に、

反省したり、やる気になったり、自分を変えようと努力しますが、気がつくと

忘れていつものパターンに戻ります。



人は馴染みのある楽な方に直ぐに戻る癖があります。




楽な方とは、やり慣れてる行動パターンです。




人は無意識に変化を嫌います。




先が分からないことへの抵抗です。





しかし、人は成長を止めることは出来ないので、

これを繰り返しながら、

遠間りしながらでも、少しずつコマを進めるしかないんですね…。










また、

最近、特に思うことは、

本当は、泣きたいのに我慢している人が

沢山いると言うことです。




泣かない様に、唇にグッと力を入れて、

泣かない様に、崩れない様に必死で自分を支えている人が沢山居ます。



忙しくして、その気持ちを見ないようにしている人もいるかもしれません。



ショッピングで紛らわしたり、お酒を飲んだり、

頑張っても、頑張っても達成感がありませんし、

悲しさは消えてはくれませんし、

不安も消えてくれません。




どうしてそんなに我慢上手になってしまったんだろう。



私達は、

一体、何から楽になりたいんでしょうか。



私達は、自分の為に人生を生きる事こそが、

幸せになる第一歩では無いでしょうか。





最後まで読んで下さり有難うございます🍀