親がまだ元気な方向け、要介護認定申請体験談(その2) | 川崎市宮前区の相続・遺言・家族信託・終活の相談室 雪渕行政書士事務所

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介護離職を経験&復活した終活サポーター・行政書士の雪渕です


前回(その1)からの続きです。

[主治医の意見書をもらう]

 母の分は、脳梗塞で入院していた病院の脳神経外科の先生に書いてもらうことができました。
 問題は父でした。父は若い頃から胃が弱く、胃薬を処方してもらっていた先生に、父の物忘れが酷いので母の相談を受け、認知症の有名な薬「アリセプト」を胃薬とは別にもらっていました。
 父はこの先生は信頼していましたが、この先生に認知症の意見書を書いてもらうわけにいかず、認知症外来のある別の病院(精神科)を紹介してもらい連れて行ったところ、待合で「精神科」という看板を見つけて、「なんでこんなところで診てもらわなかればいけないのか!わしを騙して連れて来て!」と怒りはじめました。ケースワーカさんが「健康診断ですから」となだめてくださり、落ち着き、なんとか先生に診てもらい、認知症検査も済ませることができました。病院から帰宅する途中も、私のことを怒っていました。疲れました。

[申請書を市役所窓口に提出]

 黄色い介護保険被保険者証と主治医の意見書を添えて、市役所の長寿介護課へ申請書を提出しました。役所の窓口名は役所によって変わります。介護福祉課とか。
 後日、訪問調査員(認定調査員)が日程調整の連絡を差し上げます、とのこと。
 
[訪問調査員の訪問1(母@入院先病院)]

 日程調整したのに、あろうことか私が訪問日を忘れてしまっていて、調査員の方から、看護師さん立合いの元で行いましたので、と連絡あり。
 これがあとでとんでもないことに・・・

[訪問調査員の訪問2(父@実家)]

 父には直前に「高齢者の方向けの訪問健康診断で市役所から担当の方が来るから」といい含めておきました(先日のことがあるので)。
 名前、生年月日、家族構成、今日は何月何日、季節は?・・簡単な質問から、日常の行動、健康状態の確認でした。
 時折変な回答をするので、その都度、調査員の方は私の方に視線を向けられ、私は黙って首を横に振り、問診終了後、すべての項目について確認を受け、事実と異なる点は訂正しました。

[介護認定審査会へ]

 調査員による確認結果と主治医の意見書を元に、介護認定審査会が開かれます。
 介護認定審査会は、介護保険法によって定められた市町村の附属機関として設置され、要介護者等の保健、医療、福祉に関する学識経験者(医師等)によって構成される合議体です。
 実際にはこの介護認定審査会が開かれる前に、調査員による確認結果と主治医の意見書をコンピュータ入力され、本人の介護に要する時間などを割り出し、非該当(自立)、要支援、要介護の一次判定が行われており、審査会はこれを元にした二次判定(最終)される仕組みになっています。

[結果の通知]

 介護保険法では、
・結果の通知は、非該当、該当に関わらず被保険者(本人)に通知しなければならない
・原則として、申請のあった日から30日以内に通知処分しなければならない
と規定しています。
 申請時に添付した黄色い介護保険被保険者証に以下の項目が追記印刷されています。
・要介護認定区分
・認定年月日
・認定の有効期間
 そして、父は「要介護2」、母は「要支援2」でした。父の結果は納得できましたが、脳梗塞後遺症で左半身麻痺となって、一人で歩行も排泄もできない状態なのに。
 すぐにその結果をケアマネさんに知らせ、母については退院後、実家での様子を再度、調査員さんに見てもらう、見直しを申請することにしました。
 実際、病院での調査のときは、言語リハビリのおかげで普通に会話できるまでになっていて、母は退院しても大丈夫と、頑張ってみせたようなのです。けれども、病院と家ではまるで勝手が違います。
 そして見直しをしてもらった結果、「要介護3」と認定されました。
 受領した介護保険被保険者証をケアマネさんに原本提出すると、介護保険施設等種類団体の欄に必要事項が記入されたあと戻されます。あとはケアマネさんが本人に必要なケアサービス、プランを立案してくれ、施設との契約を交わします。基本契約とサービスごとの契約等結構沢山の書類に署名押印が必要で、私が両親の代理で処理し、保証人にもなり契約しました。

[介護保険サービスの利用]

 まず、母のために実家の廊下に手すりをつけたり、スロープをつけたりの工事をしてもらいました。この工事費用の自己負担は1割。あとはヘルパーさんによる週3回の昼食、夕食の買物、調理の依頼も。
 その1でも書いた、父がデイサービスに行ってくれるか?という懸念は、ケアマネさんが実家のお向さんで父とも顔見知りでデイサービスを利用している男性に会えるという口実、母の世話を一緒にしてあげてください、と父に伝えてくれたおかげで、両親揃ってデイサービスを利用できるようになりました。
 初日に無事送迎車に乗ってくれた時は、本当に嬉しかったです。
 それでも、デイサービスのための、着替えや紙むつを入れたカバンの用意は毎回私がしました。このカバンも早くから玄関先に出しておくと父が家のどこかに隠してしまうので、送迎車が来た時に私がスタッフさんに手渡すようにしました。
 母は夕方送られてきて出向かえると、「ゆーいち、帰ってきてくれたんやな、ありがとう、ありがとう」と泣くことしばしば。かなんなあ・・
 その後、父はデイサービスから何度も脱走して帰ってきたり、母は施設でけいれんを起こして再入院したりと、バタバタでした。


とまあ、その後も、ショートステイの利用をしたり、有効期間があるので何度か認定更新をしました。

一人でも大変なのに両親揃ってですから、もう大変でした。

参考になれば幸いです。