リンゴは農薬で育てると言われるくらい農薬をかけて育てる

$salon de NOEL

無農薬無肥料のリンゴ。
スーパーのように綺麗なものではないが 中身は美味しいりんご

リンゴ畑の近くに住んでいた友人は、農薬で真っ白になったリンゴをみてるので売られているリンゴを食べないという。

農家には防除暦というカレンダーのようなものがあり、その指示通りにそって農薬をかける。
とにかくリンゴを生産することだけを考えていて、その農薬を使ったらどんな害があるのかなんて農家は考えることもないそうだ。
実際農家をしていた人も言ってるけど、「予定通りにはいかないよねカレンダー
相手は機械ではないのだから それが普通だろう。

リンゴの実には浸透しないから安全だと言われた綺麗なコバルトブルーの農薬、ボルドー液。
リンゴの木を割ると、中は綺麗なコバルトブルーだったそうだ波

昔は農薬なんて無かった。

だけど昔のリンゴは 今のリンゴとは全く別。
甘味も無いし酸味も強く、形も小さい。

今のリンゴとは比べ物にならない。

現代の甘くて大きなリンゴは農薬を使うことを前提に品種改良されているのだ。

農薬を使わないで リンゴ育てるなんて 絶対に無理だと言われたそのリンゴを 
無農薬で育てたパイオニアがいるグー

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録の著者 木村秋則さんだ。




このリンゴの木の育て方は、アトピーや病気の治療と全く同じ。
アトピーの肌だけじゃない、病気そのものをリンゴの木と土に例えると とても理解しやすいと思う。
変な健康本より よっぽどお奨めだ本

万物には共通する方程式があると思う。
その方程式がわかれば、どんな問題でも解ける。

木村さんは理系の人で、割りに合わない農家なんてやりたくないと思っていた。
しかし都会へ出て働いた後、結局 農家の嫁と結婚することになる。
そしてその嫁が、農薬に対して過敏な体質だったために、無農薬を試みるのだ。

1年に13回散布していたところを 6回にするところと、3回にするところと、1回にするところなどと決めて栽培してみた。
6回のところは普通に栽培でき、3回のところもまずまず、1回のところも虫は多かったが普通の半分は収穫できた。

しかし、その1回の散布と0回の散布ゴキジェットプロ、これがとてつもない差だったのだ。

1回の散布で、あれだけの病気を防いでいたことを目の当たりにして驚いたそうだショック!

人の使う薬も 同じことが言えると思う
薬を少しだけ塗るのと、全く塗らない、これは全然違う結果が出るはず。

いきなり0回にしたリンゴの木はとんでもないことになったリンゴ

枯れ畑になった畑でリンゴの木は狂い咲きコスモスをしはじめたり 長生きする事が出来ず秋になっても若いままの小さな果実の脇で リンゴの花が咲いたりする。

リンゴの収穫は年に一度。
秋に花が咲いたリンゴの木は翌春に花を咲かせる事無い。
リンゴの収穫ができないということだ

リンゴの木は葉を失うたびに新しい葉を開かせる 落ちても落ちても また新しい葉をつける。
病気に侵されながらも なんとか生きようとしたクローバー

何度も何度も 剥がれて落ちて再生され また剥がれて落ちて再生される アトピーの皮膚も同じだ。

リンゴの木の病気の表面上の原因は カビや菌ピロリ菌
皮膚の上も常在菌や黄色ブドウ球菌など菌類のバランスは それが全てびっくりと言えるくらい重要。

木村さんは農薬ではなく、人が食べれるようなもので その菌を防ぐものを散布してやれば病気が防げるのではないかと思った。

黒砂糖、胡椒、塩、醤油、澱粉、小麦粉 わさび 牛乳 卵白 石鹸・・・とにかく試してみたそうだ。

アトピーでいうと、イソジンやら びわの葉やら どくだみやら 漢方やら  強酸性水やら なんちゃらクリームといったところ。

それでもリンゴの木は惨憺たる有様で、年を追うごとに酷くなっていったダウン

どこからこんなに虫がくるのかというくらい 虫の発生は酷かったあせる
毎日毎日ビニール袋3杯分の虫が取れたそうだ叫び

それでも人様の畑に 虫がついてはいけないと思い、毎日毎日家族で朝から晩まで虫を取ったむしのだ。

そして 無農薬にして2年目に一滴の殺ダニ剤も使ってないのに、ハダニが姿を消した

きっと来年こそ きっと来年こそと微かな希望を持って毎日虫取りをするむし

それでも 微かな希望は微かなままで、四年目になってもリンゴの花は咲く気配が無かったドコモ絵文字

周りのどこのリンゴ農家よりも多く畑に居るのに、どこのリンゴ農家よりも畑は酷い状態だった。

どこの家庭よりも時間を費やし子供の肌のことを一生懸命やってるのに、どこの子供の肌よりも酷い有様なのも同じだ。
けれども、ここは必ず通らなければならない道だと思う。

薬を使うのは、楽だ。

それでも木村さんは農薬を使わなかった。
貯蓄はそこをつき売れるものは全部売って、保険料も払えず 消費者金融にも手を出し親戚からも借金。
村ではあいつはおかしいと言われ「カマドケシ」と呼ばれ 親戚からの声も途絶えた。

木村さんはそれでも諦めなかった。
自分が諦めたら、この先誰もこのことに挑戦しないだろうと思ったからだ。

多くの人は 色んなことをやってみることもなく、できないと思い込んでいる

しかし、木村さんにとっては夢でも、他農家には狂気の沙汰

これは薬を使わないことの理解を得られない時のアトピー治療と同じ汗
酷い状態になった子供を見ただけでは、虐待だと言われかねない。
そういう状況も 乗り越えられる心の強さも必用になるのだ。

リンゴの木の畑では 他のいろいろな作物を育て、米も栽培した。
それらは良く育ち、美味しかった。

しかしリンゴの木だけが、育たないのだ。

無農薬をはじめて6年の年月が経っていた。

自分は一体何をしているのか、何のためにこんなことをしているのか

もう限界だ、そう思って 山の奥で 自殺しようとした木村さんの目の前に現れたのが 
自然の中で元気に生えている リンゴの木だったりんごの木

それは 良く観ると どんぐりの木 だったのだが、農薬を使わずとも緑々しい どんぐりの葉をみて 木村さんは そのときようやく自分の着眼点が間違えていたことに気づく

自然が受け入れていれば何もしなくても育つのだ ということに。

自然はそれ自体で完結したシステムだ

人が手助けしなくとも、草木は生え花を咲かせ種を実らせるコスモス

身体も、全く同じ

意識しなくても心臓を動かし呼吸をし消化し吸収し排泄する、もの凄いことだ。
身体は常に身体の為に働いている。

本人が死にたくなって、本人がどれだけ自分の身体を痛めつけたって、身体はいつも受け止めて、必ず治ろうとする。

その事実だけでも、私は、感動する。

心の底からそう思うから、自分の身体を愛しく思う、だから家族の身体も信じられる。

その身体が、本人にとって不快な症状をわざわざ起こさせるのは何故か?
そこを考えないで症状を止めようとするのは、本末転倒だ。

リンゴの木は 何故農薬を使わないと育てられないか?りんご

人の都合で品種改良された甘くて大きなリンゴは、野生の力を失い 農薬の助け無しには自分の木についた虫すら退治できないくらい弱っていることの証。

人が持つ素晴らしい自然治癒力も、外から手を加えてしまえば変わって行くのは当たり前

そのシステムに手を加え、人の都合のいいように結果を変えようとする人の営みが今の農業、多くの医療くすり箱。

人為的に作られた果樹園や畑は自然とは別のものだ。

勿論、それが人類の生命をつないできた結果でもあることは理解している。

でも、時代は変わっているのだ
この先もこれを続けていくべきか、考え直す必用は大いにあるだろう。

リンゴの木はリンゴという果実を生産する機械ではない。
リンゴの木もこの世に生を受けたひとつの命なのだ。
当たり前のようなことだけれど 心からそう思える事はまた別の話

人間は リンゴの実を作る事はできない。
リンゴの実を作るのは リンゴの木なのだ。

わかっているけど出来ない、ということは わかっているような気になっているだけで 理解してないと同じこと

アトピーの治療の究極は何もしないということだと私は思っている。

何もしないということは、語弊があるが、肌に対しての直接のアプローチは 肌を育てる上では要らないと私は思う。

着眼点は「肌」ではないのは 間違いないと思っている。

その場所に座っていて居心地がいいのならそれでいい、でも、どこか座りの悪さを感じていて、座りなおしたいという思いがあるのに、踏み出せない人。

まずは常識だと思っていることを全部捨てて 入れなおしたほうがいい。

常識なんて所詮、誰かが作ったモノサシに過ぎない。

誰かに合わせることが常識ではない。

偉いからとか有名だからとか皆がしているからとか そんなことで選択するのはくだらない。
そんなことに縛られて一生を過ごすのは とてつもなくつまらないことだ。


社会で生きにくいのと、自分自身が生きにくいのと、どちらを選択するのも自由だけれどね。

人の身体とリンゴの木②