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タロット占い師夢色八卦ノート考案者ケイティー・ムサ

 
 

 

 

本日、5月11日の朝方、友人から「その話し、沢山の人に伝えなよ!」と言われる『夢を見た』ので、印象的な夢でしたので、ブログさせて頂きました。




「その話し」とは、天使と会って、天使からアドバイスを受けた内容です。

みなさんは、天使と会って話したことがありますか?

私は、小学生の時、1回だけありました。




これは、1970年代の、私が子供の頃のお話しです。

当時も、今と似ていて不安な社会情勢でした。

ベトナム戦争が終わった爪痕のTV報道や、アフリカの長引く大飢饉、ノストラダムスの大予言(人類滅亡説)の流行や、「日本沈没」がベストセラーになるなどで大地震が騒がれているような時代背景が続き、子供たちがそれに関する夢を多く見ました。



その当時は私も、大地震の夢をよく見ており、地震か戦争か分かりませんが「避難所生活」をしている夢も多く見ており、飢饉や戦争、大地震に備えることに必死でも、大人が私の話を全く聞いてくれないモドカシサを経験しました。

そして、小学2年生の時、私は、お年玉全額使って、備蓄食料を買い、リュックサックに入れ、さらには、押し入れに大事に仕舞いました。

昭和の家庭は、机はちゃぶ台がゆえ、家の中の避難場所は「押し入れ」だったからです。

(内容は、「缶入りの乾パン」8缶と、大好物の「よっちゃんイカの甘辛味 100個入り」を1箱、余ったお金で3本の缶コーヒーを買い(パンのお供はコーヒー派の私)です。ベビーブーム期の子供なので、お年玉の額がめっちゃ少ない時代ですから、精一杯買ってコレだけでした。)



ところが、その日の夜。

年の離れた兄が「高校受験の年」でして、『受験生の1月と言えば、夜食あるある!』からの、夜中に「腹減った」とやってきて。

ずぼらな母は、そんな用意はさらさら無くて、「今更、何か作る気ない!」と言うことと。

晩酌中の父も、もっと何か食べたかったようでして。

70年代はコンビニは無く、夜中にお腹が空いても、深夜営業の飲食店も無ければ、総菜や弁当などの「出来合いの食べ物」を買える場所もない時代です。



ーで、私が寝ている間に、たった一晩で、私が買った物を、父母と中三の兄とで、殆ど食べてしまったんです!!



私は、小2でしたので、昼食後の帰宅ゆえ、午後2時ごろに家に帰り。
ワクワクしながら、防災リュックの中身をもっと充実しようと、リュックを開けたら!
殆どの食糧が無いんです!

(今でもシッカリ記憶しています!乾パン「2缶」と缶コーヒーが「1缶」、100個あったはずのよっちゃんイカがカラの空き箱の中にたったの「2個」と、氷砂糖がサランラップで包まれてあるもの(6缶分の残り)しか、入って無いのです!!)



夕食前に家族に問い詰めると、「非常事態だったんだ!だいたい、おまえが非常用に、家族のために買ったモンだろうが~!!ちゃんと、おまえの分取っといたんだから、文句言うな!!」と、血も涙もない理不尽な回答でして。

食べた物は、半世紀近くたった未だに、返してくれません(涙)




本当は、家族の為ではなく、自分が被災時に食べ物に困らないように、自分用に3~4日の食糧と避難生活の楽しみの好物を、お年玉総額をほぼフル活用して買った物!

もう、悲しくて悲しくて、その日は家族と夕食を食べたくなく、一人で仏間に籠り、リュックに残っていた少しの食糧が、私の夕食となりました。

むろん、泣きながら食べたので、大好物のよっちゃんイカの甘辛味ですら、ちっとも美味しくなかったです。





その時、泣き疲れたのか、仏間でウトウトしていたら。

私の前に「天使」がやってきて、肩をポンポンと優しく叩かれて。

「備えなさい、大地震はやってくる。(その備えは、)イントクせよ。」と言われました。





「イントク」と言う言葉が、ずっと分からなかったのですが。
お受験園児だったのもあり、「淑徳?成徳?明徳?どこかの学校?」と思って、ずっと、この言葉は覚えていました。

大人になって、「陰徳」と言う言葉を知り、「なるほど!」と思いました。

備蓄は、みんなに分かるようにすると、小2の私のように、何かしら問題が起きる。

ゆえに、備蓄品を困っている人に上げるのは大事ですが、「私があげたとは、誰にも言わないように。」と忠告した方が良いと、天使がアドバイスをしてくれたんだと思いました。




話しを戻し、私が天使に「いつ、必要になるの?」と聞くと。

天使は、「しばらく無い。恐らく、55の頃。」と教えてくれた直後。

天使は、これ以上色々聞かれたら困ると思ったのか、サッと消えてしまいました。



私はそれを信じ、以降、一昨年までは備蓄をしていませんでした。

また、備蓄品を買っても、家族に食べられてしまっては困りますから、買う気も起りません。

そして、天使の言う通り、私は、今まで備蓄が必要になったことはありません。

新型コロナの頃も、マスクもトイレットペーパーを買ってすぐに不足になり、偶然か必然か、困ることはありませんでした。




ちなみに、私は1969年夏生まれです。

たつき諒さんの話を聞いた時、2025年7月は、まさに私が55歳の出来事となり一致します。

この話し、当たりそうと思い、すごく共感を持ちました。
 

 



 

そして、私は大地震が怖くて地方へ住みたく、一時は群馬に住んでいましたが、親の介護事情で、現在東京生活です。

小2の時に現れた「天使」の言葉の、私が55歳の時、東京にいることは、もう当たったも同然です。

なので、私が55歳こと、2024年夏~2025年夏に、東京に大地震がやってくる話しは、「当たるかもしれない」と本気に思っていまして。

今年から、町内会の避難訓練などに積極的に出席し、どうやって対策しようかと、その準備を考えています。



あと、天使の言ったことは、「私が55歳ごろに、備蓄が必要になる。」と言うことなので!

大地震ではなく、「何かが、突然不足して困ること」がある話しかもしれません。

ーとはいえ、私の備蓄も、手探り状態なのと、そんなにお金が無いので、YouTuberみたいに、一部屋備蓄なんて出来ませんので、3日程度の防災の備えですが!!



その答えは、来年の夏までに分かることなので、不安より、答えを知る楽しみの方が大きいです。



当たるも八卦、当たらぬも八卦ですので。

いつ、どこに大地震が起こるか分からないご時世です。

どうか、みなさんも、備蓄を備えて下さいね^^



それでは、また!

 


 

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