また一人
身内がこの世を旅立った
最期の別れをした 大切な時間でした
お通夜のお経が始まって
しばらく経つと
叔父の気持ちが伝わってきた
感じた事を従姉妹に確認すると「聞こえるの?」という…
私は「聞こえない。見えもしない。感じる」と言った。
従姉妹は、入院中の叔父の状態を私に教えてくれた。そして、叔父、従姉妹達それぞれに「不完全燃焼。悔い。」のような思いを感じた。
良くない。
叔母達にも肉体がある間に、顔を見て 触れて 感謝の言葉を直接伝えて、この世の別れをした方がいい。と思った。叔父にも。
叔父の家族や兄弟達に一人ずつ、叔父の顔を見ながら叔父の思いを伝え
皆「うんうん」と納得して受け取ってくれ、私が知らない「その事」をそれぞれが話してくれた
『今だからこそ伝えたい』叔父の思いを伝えた時、「伝える役目」がこんなに皆の心を楽にしているのかと感じた
何故なら、残された家族は「もっと○○してあげたら良かった」などと悲しみの中に悔いが残っていたから
告別式。
肉体がある最後の日
叔父から伝わる
「死んでわかったことがある」と
命を終えるその時に「これで良かった。生きて来て良かった。」と思える生き方をしろ。今からでも遅くないからそうしてくれ。
「後悔のない人生を行け」
その意味が、死んでわかった。
命の最期に後悔がない方が良い。
惰性や妥協をして過ごす時があっても、対象が小さくても一番自分が愛情や、命をかけてやり遂げて欲しい。
この事を従姉妹に伝えたら「お父さんが言いそう」と受け取ってくれた。
話好きで、人を楽しませる事が好きな叔父から伝わる言葉が沢山あって「通訳」に徹した私に、最期の最後、棺の蓋が閉じる瞬間に「愛、ありがとう」と伝わった気がした。
叔父が亡くなった悲しみが消える事はないけど、伝えた事で、従姉妹や叔母達の心にあった「悔い」が少しばかり和らいだように感じた。
そして叔父の「悔い」も。
「生きてきて良かった。幸せだった」と感じられたことは心の底から良かったと思った。
入院中、息を引き取るまで暫くの期間は、声も出せなかったらしい。
お喋り好きで、冗談好きな叔父の最後に、皆とたくさん話ができて喜んでいる事を何度も感じた最期の時間だった。