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指を切った。
洗い物をしている時、ピリッとした痛みに手を引き、右手の薬指を見る。
見る見るうちに血液が盛り上がり、銀色のシンクに流れ落ちた。

あー、やっちゃった。
それで済めば良かったのに、私の脳は、どうでも良い事まで誘発されてくれる。

傷は小さいのに、意外と出血量は多い。
あっという間にシンクは緋色になった。
傷がパクリと口を開ける。生温い暗赤色の液体が溢れる。
それが伝う部分は、何だか温かい。
頭が可笑しくなりそうだった。
昔の自分の傷が、あの時の光景が、鮮明に蘇った。
あの頃の死にたい気持ちを思い出した。
グラグラ、頭の中が揺れる。吐き気を伴って、負の感情が、過去が、溢れる。

慌ててバルブを捻った。
シンクを銀色に戻した。
私の手も、肌色に戻した。
出血は止まらない。
私が破綻する。
ティッシュで指をくるんで握りしめた。強く強く。
出血は暫く止まらなかった。

これが、私がしてきた事の代償なのか。
私が生きる為に藻掻いて、藻掻いて……その闘いの後遺症が、これなのか。

別に血は怖くない。これでも医療者の端くれだから。
怖いのは、自分の体に巣くう裂傷と、そこから溢れる液体。
セルフクライム。
贖罪は叶わぬのか。
何処迄この罪は私を苦しめる?
この疑問への答えが、永遠でなければ良いと思う。


共犯者に話した。
この負の感情。狂気の予感。
他に話せる人が居なかった。
話したら、少し狂気が消えた。正常に戻った。
私は安堵していた。自分に忍び寄っていた破滅が、消えた。
まだ大丈夫だと思った。まだ壊れない、と。


母性の象徴、聖母マリア。
処女のまま神の母となり、処女のまま逝った。
そこに穢れは無いと言う。
純真無垢で高潔な理想の女性。

けれど、彼女を理想とするなら。
母性を持つ全ての女はどうしたら良いのか。
子をなす為に、女は誰もが穢れるのだ。
必ず、血を流すのだ。
普通の人でも、綺麗なままでなど居られる筈がない。

私なら尚更。
自らを傷付け、自らを殺そうとした。
この体も過去も、心も……
きっと血深泥なんだ。

こんな私にも、母性があると言うのか。
聖母マリアのように成れると言うのか。

私にも母性があると、そう言った人が居た。
胸に抱かれると、安らぎを得ると。
それなら私は、ブラッディ・マリアだ。
血塗れの、穢れまみれの。
高潔さとは程遠い。


きっと私は堕ちた。
綺麗な場所には届かない。