これは夏に書いて、リリースしそびれた記事です。
緊急事態宣言で途中クローズになった大阪市立博物館の豊臣の美術。
地下鉄動物園前駅からでも徒歩圏ですが、目立つ案内表示はないのでグーグルマップ必須。
美術館横の茶臼山は大阪夏の陣に真田幸村の本陣があって激戦地。雨が結構降っていたので行くのは断念。
講演会
雨と流行り病のおかげで講演会に参加できました。
講 師:成澤勝嗣 氏(早稲田大学文学学術院教授、神戸市立博物館で学芸員をされていました)
テーマ:豊臣秀吉の幻像と近世初期風俗画
豊臣家をテーマにした風俗画屏風についての講演。今回の展示では京都東山にある豊国神社の豊国祭礼図屏風(秀吉の七回忌)が出品されていました。タケノコの装束を始め桃山時代のコスプレイヤーが描かれています。沢山の人が描かれているので予備知識なく探すのはすごく大変。
醍醐花見図屏風、御所参内・聚楽第行幸図屏風は↓をスクロールすると写真があります。
屏風は大勢の人が同時に見るのに適した形式。豊国祭礼図屏風は秀頼の命で豊臣家のお抱え絵師狩野内膳の筆と講演会資料では紹介されています(注 文化財オンラインでは伝岩佐又兵衛)。絵師や発注者が不明な屏風も多くあります。織田信長がバチカンに送った安土城の屏風も狩野内膳作と記録には残っているけど現物はありません。中にはオーストリアのお城が現所有者の屏風も。
屏風に書かれている象やパランキーンと呼ばれるインドの王族が乗る担ぎ籠など、宣教師の報告書と一致しているようです。
秀吉の周囲しか知りえない情報が屏風に描かれていることから、豊臣家と近しい人が徳川の世に秀吉を懐かしんで作成したのではと成澤先生は推察されていました。
秀吉は能狂いで。千利休の死後加速。自身を主人公にした太閤能を自ら演じました。能をテーマにした屛風も残っています。
演目のは残っているのかなと、調べたら金春流の演目がありました
秀吉は天皇の前でも舞ったらしい
こんな小説もでききました。
徳川家康を題材にした風俗画はほとんどなく、それが家康の神格化につながったとのことです。
展示
写真ありは↓のサイトにあります。
大阪市内の町内が所有する秀吉からもらった陣羽織。秀吉の人気は徳川の世でも続いたわけですね。
淀殿が豊臣家の養女の嫁入り道具として源氏物語の車争い屏風を描かせたらしい。本当ならなかなか凄いはなし。
↓のブログに詳しい。
確か豊臣秀次(秀吉の甥)の御朱印願文に伏見稲荷の楼門に触れられていたような…(ちょっと記憶あやしい)
他に印象に残ったものは
幼い秀頼の手になる豊国大明神の書(写真あり)
高台院おねねの手紙(これはかなり達筆、読めませんけど)
金貨、銀貨の出品があって、大判は子供(幼児ではない)の靴ぐらいの大きさ
金の蒔絵の入ったセレブな漆塗りの風呂桶(写真あり)
黄金の茶室の復元
コレクション展戦国武将像にも秀吉、家康の肖像画が出ていました。
山口コレクションのシルクロードの石仏も空いていてじっくり拝見できました。
おわり