自分が短大卒業して初就職してからの話です。
就職が決まって、勤務開始の前に4日間の自衛隊体験入隊研修がありました、この時はまだカウントダウンは始まっていませんでした。
カウントダウンが始まったの就業開始日からです。
就業開始し4日間社内研修がありました、4課あるのでローテーションで回りました。自分は就業開始前にその会社の研究室に入るという約束が交わされていました。
しかし研修終了後、配属先言い渡されたとき、現場勤務を言い渡されました。
ショックでした賃金面でもそうですが、現場と研究室では手取りが3倍の差があり、現場は手取り9万円、研究室は手取り30万円(初任給)の差がありました。
まぁ就職したからまじめに働こうと思い、頑張りました。
自分の課は製造現場と梱包現場があり、自分は製造現場に配属されました。
製造現場の責任者は『この仕事習得するまで最低1年かかるからな』と言われ、一所懸命頑張りました。普通の人が1年以上かかる所、自分は1か月で習得しました。現場責任者は驚いいていました。
その間昼休みは更衣室で昼食と休憩をとっていました。そこで高校の先輩の話を聞きました。
先輩は自分より3年前に就業し就業1か月目に腕をなくす事故を装った腕をミンチ機で失うという事が起きていました。
でもそれは事故でなく先輩の、障害年金と就労時の事故を悪用した、自作自演だったことを本人の口からききました。
先輩は自慢げに『腕ミンチ機に入れるの勇気いったけどやってみると割と簡単だった、会社側は労災として処理し慰謝料500万円と終身雇用、毎月賠償金払ってくれるようになった定年後も賠償金は支払われる。傷病手当と障害年金、給料と合わせて毎月辺り60万円入ってくる、こんなぼろ儲けな話はない、車運転できるように右腕突っ込んでよかった、慰謝料で新車買えたし、でも会社にはばれないように乗ってきていないけどね』と話していました。
しかし仕事手を抜いていることがあるきっかけでばれました。
それは自分が就業してから1か月後、先輩の担当していた包装袋印字機と共に先輩も転属いしてきました。腕がないから作業が遅いのは仕方ない、と初めは思っていました。
1週間後、課長が『お前(名前で呼ばれていましたがここでは名前を伏せお前と書きます)同じ条件で印字機やってみろ』と言われました、初めて使う機械なうえ片腕だけって初めは戸惑いました。
まぁ初めの1束100枚のうち50枚はうまくいきませんでしたが、そのあとコツをつかみ3束目を打つころには先輩の5倍の速度で打てるようになっていました。
課長は『やっぱりな、手を抜いとってんな、明日からお前がやれ』と言われ先輩は元の現場に戻され箱の組み立てをすることになりました。
その後先輩は『お前のせいでやらんでいい私語させられるようになった』と不満気に言いそれ以降は口もきいてくれませんでした。逆恨みもいいところだと呆れていました。
その後も製造現場と梱包現場掛け持ちで仕事し、2年目には製造、梱包時の成型、アイロン、梱包箱の賞味期限の押印、組み立て、、商品の梱包、出荷場までのリフトでの輸送、梱包袋の印字の8人分の仕事をこなしていました。別に給料が上がるわけでもなかったのですが、課長の喜ぶ顔と褒められることで、やりがいを感じていました。
しかしそんな時間は長く続かず、その1年後課長が定年退職することになり、その1年前に新しい課長が課長見習いとして配属されてきました。
その課長はパワハラがひどく、何かにつけてアラを探し殴ってくる人で仕事は一切しないという上司でした。
自分は辞職する覚悟を決めましたが、後輩を残して現場を去るという事は出来ず後輩たちに『有給使って新しい仕事探して来い』と言いました。
年末までかかりましたけど、自分の現場の後輩はその職場より待遇のいい仕事見つけ転職していきました。それを見届けた自分は年明けすぐに会社を辞めました。課長が退職満了日前だったので申し訳ないと思いましたが、課長は『あいつの下で働くくらいならやめて正解だ』といってくれました。
後日研究室に配属された後輩から聞いた話なのですが『会社が倒産寸前までいって、苦肉の策として別の食品会社からその会社の給料と同額払うという条件で8人引き抜てきました、1人辺り手取り30万円~45万円もする人材ですよ』と言われましたが自分には関係ないと思いました。倒産は逃れましたが会社は傾いたままでした。
仕事辞めてから、母親の知り合いの紹介で運送会社のトラックドライバーの私語を紹介されました、面接時母親の知り合いも同席の上、基本給30万円+歩合という事で書面に同意して署名捺印し雇用契約成立されました。
しかし自分に与えられた2tトラックは廃車寸前のトラックで雨漏りするし、オイルもほとんど入っていない最悪なトラックでした。整備長にオイル入れてくださいと言うと課長が『入れる必要ない、すぐに新しいのが来るから』と言われましたが、一向に来なく、スピード出すとすぐに水温系が上がり、平均時速30km/hで走っていました。配送の荷物はほとんど与えられなかったのに、課長は『なんでほとんど空荷で走っとるんや、もっと積めるやろ』と言われましたが積む荷物もなく配送していました。集荷時は逆に常時6tの荷物を集荷されていました、過積載なのはわかっていましたが、配送時以外の歩合取り返してやろうと思い走らせていました。
話は就業契約のところに戻りますが、仕事に就いて初任給もらったとき目を疑いました。
手取り5万円でした、課長に反論に行ったら課長は『完全歩合制だ』と言い就業契約の時川下誓約書を目の前で破られました。
仕事は朝5時から夜20時まで拘束されていました。一番多く給料もらった時でも手取り10万円でした。
カウントダウンが終了したのは就業6か月目です。リスカしているのが親にばれ精神科に連れて行かれました。診断内容は『躁鬱病の末期』と診断されました。入院を告げられましたが、両親の4時間の説得により在宅治療することになりました。
仕事はクビになり、最後の給料はもらえなかったのですが、父親が会社に怒鳴り込んでいき10万円貰いました。
リスカしたと言っても少し理性があったのかわかりませんが内側は無傷外側に1000本を超える切り傷がありました。
これが病気発症までのカウントダウンです。