「プルクナルカン(はじめまして。) ナマ サヤ ソウスケ(私の名前はそうすけです。)」
「ショウス…?」
「ソ•ウ•ス•ケ!」
「サウスケ!」
バリ島でのホームステイ先の家族との初対面のとき。
暗記したばかりのインドネシア語の自己紹介を口にする。
彼らは英語も日本語も分からない。
言葉が全く通じないことなんて初めて。
ちゃんと生きていけるのか、不安で押しつぶされそうになる。
一日たった今でも、私は"ソウスケ"ではなく"サウス"と呼ばれている…。
19歳になったばかりの夏。
出発前日までしっかり入れていたバイトをこなし、私は初めてのスタディーツアーへやって来た。
漠然と、大学生になったら海外に旅に出たいとずっと思っていた。
やっとその希望が叶う。
羽田からトランジットを含めて10時間。
降り立った先はインドネシアのバリ。
バリの片田舎にある小さな村での人生初のホームステイが始まった。
村に到着し、広場で自己紹介を終えてホームステイ先の家へ向かう。
行き着いた先に見えたものは、日本では考えられないような簡単な造りの建物。
とんでもないところに来てしまった。
これが私の第一印象。
果たして無事に生きて日本へ帰れるのか。
不安だけがつのる。
部屋に案内され、荷物を置く。
バリ語かインドネシア語で何か話しかけられたが、さっぱり分からない。
どうしよう…。
おぼつかない顔をしていると、ステイ先のお母さんがお皿とスプーンを持って来た。
そこでやっと、ご飯のことを言っていたのだと気づき、一安心。
初めて見る料理の数々。
どうやって食べるのかすら分からない。
おかずとお米を別々に食べ始めると、お母さんは不思議そうな顔をして私を見つめてきた。
やがて、私のスプーンを使って全てのおかずをご飯にかけ始めた。
どうやら食べ方が違っていたようだ。
フルーツに出てきた、いたって普通のスイカを見てとてつもなく安心したのを覚えている。
ご飯を食べ終え、トイレの場所をお母さんに聞いたら連れてってくれた。
部屋から一度外に出て、吠える犬を通り越し、少し歩いたところにそれはあった。
今までの18年間の人生で使った中で最も汚いと断言できるトイレ。
電気もない。
外から漏れる微かな光を頼りにトイレをすませる。
本当に大変なところに来てしまった。
自分がこんな生活をするとは夢にも思わなかった。
日本とは比べものにならないほどの生活環境の悪さに唖然とした。
未だにこんな暮らしをしている人たちがいる。
今まで自分が体験してきたものとの違いの大きさに驚きを隠せない。
彼らは先進国の生活を知っているのだろうか。
頑丈な家、屋内にあるウォシュレット付きのトイレ、蛇口をひねるとお湯が出てくるシャワー。
もし知っているのなら、どう思っているのだろうか。
羨ましい?それとも今の生活環境に満足している?
先進国日本で18年間生きてきた私には、彼らの気持ちは理解できないのかもしれない。
翌朝、5時に起こされる。
なんとかお風呂に入りたい意思を伝えると、外にある水浴び場に連れて行ってくれた。
バスタブはもちろんのこと、シャワーも無い。
お湯も出ない。
まだ気温の低い早朝5時に冷たい水を浴びる。
寒い。
辛い。
再び思う、彼らは本当に今の生活に満足しているのかと。
日本で育った私にはとても辛かった。
水浴びを終え、朝ご飯を食べる。
昨日の夜学んだ通り、全てのおかずを米にのせて食べる。
家の人には何も言われない。
どうやら食べ方はこれで合ってるらしい。
食べ方が分かっただけなのに、ものすごく嬉しい。
言葉が分からなくても、何か心が通じたみたい。
ご飯を食べたあと、テラスに座りながらみんなでコーヒーを飲む。
やはり言葉は通じない。
意思疎通ができない。
それでも家族みんなが笑顔でコーヒーを飲む。
前日の不安な気持ちがだんだん薄らいでくる。
こんなに貧しい暮らしをしているのに、彼らはなぜこんなに笑顔なのか。
先進国日本に住む人たちよりもずっと笑っている。
私は勝手に、途上国の人たちはもっと笑顔が少ないと想像していた。
でもどうやらその考えは間違っていたようだ。
むしろ、日本で暮らす人たちよりも幸せそうに笑っているように見える。
物質的には圧倒的に日本の方が豊かだが、精神的な豊かさはこっちの方が上なのではないか。
彼らは今の生活に十分満足しているのかもしれない。
途上国に支援活動を行うのは、先進国に生きる私たちの完全なるエゴイズムなのではないかと思わずにはいられなかった。
途上国に住む彼らには、彼らなりの幸せがあって、私たち先進国の人間の価値観をあてはめる必要はないのではないか。
だとしたら、彼らに今のままの生活を続けてもらうことが、彼らにとって最も幸せなことなのではないか。
貧しくても幸せそうに生きるインドネシアの人々に、私は強い興味を持った。
残りのスタツア期間中には、彼らの笑顔の秘密を探って来ようと思う。
そうしたら、幸せの正体が少しは分かるようになるのかもしれない。
文責:広報局1年 中村颯介