『良い物を見て、それを学ぶ』

ほほう、たしかに

それはお手本というやつだね

なんだってそうかもしれないね

良い物を見る、感じる

でも、それが良いって感じる能力も必要さ

良い物を見ても、それが良いって感じることができなければ、まったく意味ないのさ

だから僕はこう言うのさ

『良い物を見るという体制を整えるのだよ』と

まあ、言う相手はいないけどね

逆もあるよ

『悪い物を見て、それに学ぶ』

悪い見本だね

これはあまり言われないよね

言うこともないけどね

これも、悪いと認識することが大切で、それが悪いと思わず良いと思ってしまったらそれは大変だ

しかし、良いと認識するか、悪いと認識するか、どうしたらそれが認識できるのか、これは育ってきた環境によるのかな

小さな頃は、全て初めて見るものばかりで、それが良いか悪いかなんてしったこっちゃない

知らないから、教えられないと何もわからない

教えてくれた人が、どっかずれていたなら、きっとずれた認識しかできなくなってしまう

だから、教える人は責任をもってそれが正しいか正しくないか教えるべきだとおもう

何も知らない人は、それが正しいか正しくないかなんて、何もわからない

お手本って大事だね

良いお手本

悪いお手本

それは自分で気づいて認識して、実行することが大切であり、それを最初に教えてくれる人が、重要な存在である

それは誰だろう

学校の先生か、憧れの芸能人か、医者か、大統領か、ハリウッドスターか

いやいや、それは違う

親だ

最初に良い悪いを認識させてくれるのは、まぎれもなく親だ

お手本

子は親の生き写しである

誰かが言っていた

どっちかと言うと、間違ってない言葉かもしれない

それが正しいか正しくないか、正しくないと思う人もいる

そうでありたくないと思う人もいる

僕はどちらかと言うと、そうだと思う

そうでないと言う人もいてもいいと思うが、僕はそう思うんだ

違うよ!!と思っても、僕に議論をしてもいい

ただ僕は純粋にそう思うんだ

良い物を良いと、悪い物を悪いと

もし僕がずれていたら、良い物が悪かったり、悪い物が良かったり、そうなってしまうかもしれない

だが、これから始まるであろう新しい命にそうならないように、教えていくのが僕のこれからの役目である

良いとか悪いとか、結局それは自分の過去を象徴した結果としてついてくるものであって、自分の足跡はけっして消えるものではないと言うことであり、消したいと思うことのない様に歩いていかなければいけない

それはまさしく、我が子に教えてあげたい事だ

うーむ

いったい何を言いたいのか自分でもよくわからないのだけど、まもなく父親になる予定です

ただ、普通に報告しても、なにも面白くないと言う、自分のポリシーによる報告でした

PS・俺、大丈夫かなあ











今日の一言

「突発的な妬みや僻みや恨みを持つと、人は普段口にしないはずのしきたりとか、決まり事をきまって口に出したりする傾向にある、そしてそれを共有しようとするから、余計たちが悪い」