お客様が週刊紙のイジメに関する記事を見ていた。
たまたま目に入ったので、イジメに関してちょっと考えてみた。(長いので注意)
まず、普通に考えたイジメとは、強いものが弱いものをイジメる弱いものイジメ。
この、弱いものイジメについて、ちょっと考えてみた。
強いものが弱いものをイジメる。
なぜイジメるのか?
考えてみると、自分の強さを周りに知らせるために弱いものを自分の支配下に置く事だ。
強く見せたい。
強さを知らしめたい。
弱くありたくない。
弱く思われたくない。
弱くおもわれるのが怖い。
強ければ、弱く思われるはずがない。
弱いから強く見せたい。
弱いからこそ、強く思われたい。
強ければ強さを知らしめる事をする必要がない。
強ければわざわざ弱いものを支配下に置き、第三者に思わせる必要がない。
弱いからこそ、第三者に強く思われるために、弱いものを作り、自分がそれより強いと第三者に思わせる必要がある。
でないと、第三者に、弱い、もしくは強くないと思われてしまう。
その人はそう思われるのが怖い。
基本、そう思われても別に怖くもなんともない人もいる。
僕はどちらかというとそういったタイプだ。
なので、弱いと思われてしまうことが怖いと思う人に限って、弱いものを作りあげて、自分を強く見せようと思う行為が、その、弱いものイジメに繋がっているのだと確認。
よって、弱いものイジメをする人とは、
弱いのだ。
弱いからこそ、弱いものを作りだし、いかにも自分自身が強いのだと、自分と第三者に思わせるためだけにるこうどうであり、哀れで惨めな行為なのである。
いつか、自分の子供がそのような事になる前に教えるべきなのか、または教えないべきなのか、それはその時になってみないとわからない。
それが前者なのか、後者なのか、それは育ってきた環境によるものだとおもう。
なので、弱く思われて怖いと思うか、思わないか、そこでそれ以降の行動はけっこう変わってくる。
この文章を是非、弱いものイジメをしている人にみてほしい。
しかし、その人は自分が弱いものイジメをしているとすら思ってないのかもしれない。
お祭りやろうだ。
僕も若い頃そのようなお祭りやろうだった可能性があると思うと心が痛い。
子供の頃ならまだそれに気づかず許される事もある。
大人になるにつれ、その行為が間違っていたと気づき、恥ずかしいと思うことや後悔することもあるだろう。
それが大人になってもまるで気づかないなど、かなりのお祭りやろうだ。
子供と大人の境目は個人差はあるだろうが、中3と高1位だろう。
世の中には案外お祭りやろうが多い。
しかし、たまに雑誌やテレビなんかで「大物社長、意外な過去、実は暴走族のトップ!」みたいなことが取り上げられる。
暴走族を悪く言うつもりは無いが、イメージは悪い。
弱いものイジメしてそう。
しかし、大人になるにつれて気づくのだ。
自分は間違っていたと。
そして、その強くなりたいと思う気持ちを、別の道に軌道修正するのだと。
その結果、その暴走族のトップは大物社長に登りつめ、多くの社員から慕われているのである。
そう、強くなりたい気持ちはたいせつだ。
その気持ちを良い方向で育て上げて行くことがたいせつだ。
弱いものを作りだし、自分を強く見せる、まさに偶像の自分を世間にさらしだしているにすぎない。
大人になるとわかるのだ。
そのようなお祭りやろうは哀れで惨めだと。
やはり、我が子にはそのようなお祭りやろうにならないように、しっかりと伝えたい。
最近よく言われてるLINEイジメなんかは、よくわからん。
まあ、時間が解決するだろう。
ママ友イジメなんかは、もうお互い大人だから、イジメられる方も悪いと思う。
まあ、イジメてる方が悪いけど。
しかし、イジメてる方は自分がイジメてるなんて微塵も思ってないのだと思うけれど。
世の中には、お祭りやろうがいっぱいだ。


