FROM ALI THE GREATEST BY GEORGE BENSON
1974年、当時中学1年生だったおれ。
その日の授業を終えてようやく下校時刻となった。
時間はもう、その時間までいくらもなかった。
重いかばんをぶら下げて、必死で走ったのを覚えている。
ボクシング世界戦の衛星中継がザイール・キンサシャから
あのジョージ・フォアマンがモハメド・アリを迎えての防衛戦
が放映される日であったのだ。
どうして“あの”であったか。。。
先立つこと約一年前、ジョージ・フォアマンの
圧倒的強さを、TV中継でいやというほど見せつけられたからだ。
東京で行われたフォアマンの防衛戦でプエルトリコの優男
ジョー・キング・ローマンを1ラウンド、丸太のような腕を振り回し
まさに“撲殺”と言っても過言でないシーンを汗一つかかず、
表情一つ変えず演じて見せたのだった。
その後、放映時間を消化するために何度もその壮絶なKOシーンが
リプレイされたり、スロー再生されたりと。
そして印象的だったのは、試合後のフォアマンの様子だった。
控室に戻り、インタビューを受けた後のクールダウン。
相変わらず無表情にレモンを丸ごとかじりながら、果汁を吸っているとき、
初めて大量の汗が噴出していたのだった。
当時小学校6年生の少年にはあまりにも衝撃的シーンで
こんなに強い人間がいてもいいのか?それまでかじりついて見ていた
プロレスなんて比較にならない緊張感と息苦しさと、勝者敗者の
あまりにも残酷なコントラストが浮き上がるスポーツがあるんだ。。。
と思ったものだった。
俺の中の絶対的ヒーロージョージ・フォアマンの防衛戦が
生で見れる、相手はだれであろうと彼の勝利を信じて必死
で走った。
何とか1ラウンドのゴングが鳴る前に家にたどり着き服を脱ぎ捨て
テレビの前にかじりつく。
見覚えのある、赤いトランクスにブルーのベルトラインの
彼がそこには立っていた。
ゴングが鳴るや相手をロープ伝いに詰め、その丸太のような
腕で相手に凶暴なパンチを繰り出す。
この試合も、壮絶なKOで勝つんだなぁ。。と思った。
しかしラウンドが進むにつれて、パンチを浴び続けたように
見えた相手に対して明らかに動きがスローダウンし、パンチ
が流れるようになってきた。逆にロープに詰まりながら
時折シャープなワンツーを放つこの男。
これが、モハマド・アリだった。
ロープアドープ。。。ロープ伝いに相手を誘い込み、巧みな
ウィービング、ダッキングブロッキングで相手のパンチをかわして
機を見てパンチを放つ戦法。
これにまんまとはまったフォアマン、8ラウンド終了間際
アリの右を数発食らったフォアマンは大きくバランスを崩し
コーナーをうまく回って体を入れ替えたアリの連打で
マットに沈んだ。
あのフォアマンが倒された!!
当時のショックは相当だった。
やがてフォアマンはリングを去り(のちに驚異のカムバック)
、モハマド・アリの試合がTVで時折深夜の特別番組で放映される
ようになった。チャック・ウェップナー戦、ロン・ライル戦、
クアラルンプールでのジョー・バグナー戦、そしてライバルとの
ラバーマッチとなったスリラーインマニラジョー・フレージャー戦
、王座陥落、復活のレオンスピンクス戦まで、アントニオ猪木との
余興を含めて彼を追った。
確かフレージャー戦の後くらいに出版された彼を特集した雑誌で
彼の歩んできた道のりを写真を交えて知ることができ、その
波乱万丈なボクサーモハメド・アリに心惹かれ始めたのだった。
まさに、稀代のボクサーだった。
人種差別と闘い、ベトナム戦争では国家に反旗を翻し、ボクサー
としてのピーク時はライセンスはく奪を強いられた男。
引退後は長年の戦いの影響によるものか、パーキンソン氏病を
患いながらも、ビッグマッチのリングサイド、大きなイベント
にはちょくちょく顔を出していたのを覚えている。
そして、アトランタ五輪の最終聖火ランナーとして震える手で
聖火台に火をともしたのを覚えている。
そんな彼が今日74年の生涯に静かに幕を引いたニュースを聞き
青春時代の熱い思い出を思い起こさずにはいられなかった。
安らかに眠れ、ザ・グレイテスト モハメド・アリ
ALI BUMAYE!