大急ぎで着替えをすませ

戸締りを済ませた私は、

海原との待ち合わせの公園へと車を走らせた。


車の中で、泣きそうな私がいた。


嬉しくてたまらなかった。





公園へ着くと

駐車場に海原の車があった。


その隣に、私の車をつけると

海原の車の窓が開いたのがわかった。


そして、手まねきしている。


車を降り、海原の車へ寄ると


「ちゃんと、枠の中に納めなさいよ」

と、私の車を指差した。


「えっ?」


いつもなら、海原が私の車に乗り込むのだ。

なので、すぐに発進するのかと思い

きちんと意識して止めてはいなかったのだ。


「うん、わかった…」


車を止めなおし、再度、海原の車へと向かった。


「こっち乗って」


「うん…おじゃまします」


「さて、どこ行こうか?」


「うん、どこって、どこ…?」


どうにも、状況が把握できず

頓珍漢な返事をしていた。


「南に行く?北に行く?」


「うん、どっちでもいい…」


「そっか…」


そういうと、海原は車を発進させていた。


「多分、海原さんの車に乗るのって初めてかも…」


「そうだよな。これに乗せたことってないよな。」


「この車もそうだし、

 仕事の車にしても、海原さんの運転する車って

 初めてだと思う」


「そうか、そうだよなぁ」

「付き合いは長いのにな」

「そうかもしれないなぁ」


「じゃあ、今日は、ドライブな」


海原の車は、南へと向かっていた。


車の中では、お互いに話し続けていた。


仕事での愚痴

暮れの忘年会での出来事

今年の新入社員の噂話

最近できたお店の評判


次々、話は出てきた。


車は、どこへ向かってるのかはわからなかった。


でも、楽しかった。


そして、車は、小高い山の展望駐車場へと着いていた。


「もう一個、駐車場あるんだけど、そっちは、カップルの車が

 やまほど止まってるから、うちらは、こっちな」

「でも、眺めは、こっちのほうがいいんだぜ」


そう言うと、車を駐車場のぎりぎり端まで寄せてくれた。


確かに、きれいな眺めだった。


そして、月が、まぁるく輝いていた。


「あかるいなぁ。満月かなぁ」


「そうだね、明るいね」


車の中から、月明かりの夜景を眺めていた。


「あぁ~、眠くなってきた」

「最近、飯食うと、すぐ眠くなるんだよなぁ」

「年だよなぁ」


そう言うと、シートを倒し、あくびをしているのが見えた。


「眠い?」


「うん」


「そっか…」


「どうした?」


「眠いし、明るいしなんだけど…「


「ん?」


「チューしていい?」


「いいよ」


私は、運転席へと身体を移動して、

海原へと顔を近付けた。


長い、長いキスの始まりだった


メールをおくったあと

私は、車を発進させ家へと帰った。


家へ着き

玄関を開け、

電気をつけ、

暖房にスイッチを入れた。


メールを送って、

30分以上が過ぎていた。


返信はまだなかった。



台所を見まわし

旦那さんの食事を考えていた。


夕べ遅かったせいで

夕食は軽くでいいと言われ、

作ったのだが、手をつけなかったおかずが何品かあった。


今日は、それを並べ、

お味噌汁を温めれば、十分そうだった。


自分の分はどうしよう…


同じものを並べれば、夕食は十分だ。

だが、どうしても、ひとりでそれを食べる気は

起きてこなかった。


コーヒーでも飲もうかな


そう思って、やかんに手を伸ばした。


その瞬間、メールの着信音が部屋の中へ鳴り響いた。


「電話する」


その一言だけが送られてきた。


私も、それに合わせるように手短に


「OK」


とだけ、送信した。


間もなくして、電話が鳴った。


「もしもし…」


その声の相手は

海原だった。


「もしもし…」


「今、メール見た」

「飯、くっちゃった。」


「うん。」

「急にごめんね。大丈夫なの?」


私は、海原が、今日、彼女と会う日なのかどうなのか

それすら知らぬままにメールしたのだ。


だから、晩御飯を済ませたという言葉を聞いても

誰と済ませたのかすら分からずにいた。


「今日は、早かったから、家で食ったから」


「そっか…」


ほっとした私がいた。


「食べちゃったならしかたないよ。

 いいから、気にしないで。」


「でも、何?一人なの?」


「うん…。旦那さん、今日は仕事だって。」

「明日も、何か、仕事に行くって…」


「そっか」


「どうする?今からって言っても、飯は無理かなぁ…」


「うん、分かった。いいから、いいから。

 気にしないで。

 ちょっとだけ、寂しかったからメールしただけだから

 気にしないで…」


「ホテルにも行けないよなぁ…あはは」


あわてて電話を切ろうとしている私に

海原は、なぜか明るく、そんなことを言い出していた。


「えーっ、それは、無理でしょう。ふふふ」


思わず、私もつられて笑ってしまった。


「そうだよなぁ」

「じゃあ、車でしちゃう?」

「口でしてもらっちゃおうかなぁ…」


なぜか、いつもよりも呑気そうな声の海原が

電話の向こうにいた。


そして、その、呑気な雰囲気に私も

ますますつられていくのだった。


「えー、誕生日にそれは、ちょっと悲しいかも…」


「そうだよなぁ、それじゃ、悲しい誕生日だよな」


「うん、悲しい…」


「でも、ホテルに行くほどの時間はないし…」


「なんか忙しそうで、なかなかいけないし…」


「別に、しなくてもいいんだけど…」


「でも、忙しいのは、そっちでしょ」

「この前、会ったとき、2月は忙しいって

 釘さされちゃったから、

 今月は、無理かなぁって思って

 誘っちゃいけないんだなぁって思ってた」


「ごめん、ごめん。そうだっけ。」


「なんで、そんなこと言ったんだ?

 あっ、歯医者だ!」


「歯医者?」


「そう、もしかしたら、前歯なくなってるかもって思ったからさぁ」

「そんなんじゃ、会えないなぁって思ったんだよな」


「前歯?」


「今、治療中なのよ。」

「最初行ったとき、抜くかもって言われてさぁ。」

「かっこわりぃって思ってね」

「でも、何か、抜かない方針で治療するみたい。」

「だから、大丈夫よ」


「なんだ、そうだったんだ…」


「そうそう」


他愛のない話だった。


でも、楽しかった。

ここ、数日の重苦しかった気持が

一瞬、晴れていた。


「どうした?」


急に黙ってしまった私に、電話の向こうの海原が心配していた。


「…うん」


「どうした?」

また、海原は、繰り返した。


「………」


「………」


長い沈黙が続いていた。


「やっぱり、行く。そっちに行く。」


「ひとりでいるの、やっぱり寂しい。」


「わかった」


「公園の駐車場にいるから。」

「俺も、車で行くから。」


「うん」


「気をつけてこいよ」


「うん」


そう言って電話を切り、

私は、急いで出かける支度を始めた。


服は、このままでいい。


でも…やっぱり…


私は、思いなおして、服を脱ぎだした。


そして、バスルームへと向かい

シャワーを浴びた。


「しなくてもいい…」


自分でそう言いながらも

やはり、どこかで、

何かあったらと心配する自分がいた。






 

夕方

帰り仕度をしながらも

携帯を気にしていた。


どうしよう


このまま帰って一人で過ごすのだろうか。


ひとりで過ごす食卓を思い浮かべると

涙がでるほど寂しかった。


自分でも、なぜ、こんなに凹んでいるのかが

分からないほど、凹んでいた。


占いのせいだけではない。


日曜日の旦那さんの態度。


明日のサッカー。


うまくいかなかった仕事。


全てのことが、いらだちと、寂しさにつながっていた。


どうしよう


また、思っていた。


今、メールを送れば、元カレは一緒に過ごしてくれる。

でも、それが、大きな決心をして別れた私にとって

いいことではないとうことも分かっている。


会ってしまえば、また、心はぐらつく。


でも、ひとりじゃいられない…


会社の玄関を出る時も、私はまだ、迷っていた。


「おつかれさん」


ふいに、かけられた声。


「お疲れ様です」


反射的に言葉を返したとき、

私は誰に声をかけられたのかは、

わかっていなかった。


そこには、海原がいた。


昨日、今日と外回りで、出かけていたのだが

いつの間にか帰っていたらしい。


「そっちも、帰り?」


「俺も、今日はやっと、定時で帰れるよ」


「気をつけてな」


駐車場につくと、そういって海原は自分の車へと向かっていった。

途中で、急に振り返るとこういった。


「あっ、今日、誕生日だよな」


「うん…」


「おめでとさん」


「うん…」


「じゃあな」


急な「おめでとう」に私は、きちんと返事を返すことすらできなかった。


車に乗り込むと、海原の車が走り去っていくのが見えた。


今まで以上に、胸が締め付けられるほど、

ひとりで過ごすことが、さびしくてたまらなくなった。


私は、車の中で携帯をとりあげメールを打った。


 件名 スルーしてもらっても構いません


 急なんですが、今から、ご飯を食べに行こうって誘っても

 無理ですよね。

 

 今日、明日、一人ぼっちで

 寂しくて、メールしてみました。

 

 無理な時は、スルーしてもらって構いません。


そして、私は、送信ボタンを押した。



前日と同じように

仕事をしても、気は晴れることはなかった。



仕事のミスも多かった。


いつもなら、さらりと終っているはずの計算が

一向に進まなかった。


それすら、落ち込みの原因となっていく。


そんなとき、携帯が鳴った。


メールだった。


普段なら、仕事中に見ることは控えるのだが

その日は違った。


「誕生日おめでとう」


件名で誰からのものかわかった。


元カレだった。


 誕生日おめでとう

 今日一日が、素晴らしい日でありますよう

 願っています。


 1月いっぱいで、出張を終え

 こちらに帰ってきました。

 もしよかったら、会えませんか?

 連絡ください。


おととしから、長期の出張で、他県へと単身赴任していた。



「おめでとう」という

なんでもない一言が、とても嬉しかった。


別れてからも毎年かかさず送ってくれる。


ただ、付き合っている間は、この日は、辛い日でもあった。


彼の奥さんも、同じ日が誕生日だったのだ。


「何で惹かれたのかが、分かったかもしれない…」


私の誕生日を聞いた時、

彼が、そう言ったことを覚えている。


私は、奥さんに会ったことはない。


でも、どこか、似ていたのかもしれない…



帰ってる…

会いたい…

連絡…


メールの中の言葉が、私の心に

小さな波を起こしていた。


きっと、今、

「今夜会いたい」とメールをしたなら

彼は、都合をつけて会いに来てくれることは間違いない。


付き合っている間は、絶対に会えない日だったけれど

今なら、この日に会える。



寂しさのせいなのだろうか


私は、ふいに舞い降りてきた藁に

しがみつきたい気になっていた。


月曜日…誕生日前日


仕事に行っても、

やはり、私の気持は重かった。


それが、顔に出ていたのだと思う。


同じ課の若い子に、


「サラさん、どうしたんですか?

 なんか、変。いつもと、違う。」


「…うん、なんでもない。

 ちょっと、旦那さんとね…」


「へぇ、珍しい。サラさんが、旦那さんと

 何かあるなんて」


「そりゃ、あるよー」


わらって、流したつもりだったが、

その日も、一日、気が晴れることはなかった。





火曜日…誕生日当日


「今日、遅いから」


旦那さんは、日曜日と同じく

今日は、遅いということを、言い

出勤していった。


遅いとわざわざ言うということは、

10時すぎるということだろう。


遅いと言わずに帰ってきた昨日は9時だったから…



今日の誕生日、ひとりでいたくなかったのには

訳があった。



今年、みずがめ座は12年に一度のラッキーな年。


そして、2月が今年のピーク。


誕生日は、最高に幸せな一日になるはず…



これが、今年の私の、運勢だ。


だが、どうだろう…


何も、起こっていない。

何も、ハッピーじゃない。

何も、変わらない。


そう思っても、

誕生日には何か起こるのかもしれない。


そんな期待をしては、いけなかったのだろうか…


12年に一度の最高にハッピーな日


そんな一日は、私には、ないのだろうか…