今日から新年度。

3月はいろんなことがありました。
自分なりにいろんなことを考えました。
私の使命は何か、何のために生きているのか、
今そしてこれから何をすべきなのか、

そんな時に流れてきた
「日本代表とJリーグ選抜のチャリテーマッチ」
カズゴールシーンのAC広告。
BGMは、平原綾香の「ひとりじゃない」

「絶対に諦めない。チカラを一つに!」

カズの熱い想い、心にぐさっと突き刺さりました。

http://www.youtube.com/watch?v=fHBc1_0bZ-c&NR=1


日々明らかになる地震の惨劇

毎日繰り返される報道を目の当たりにしながら
正直、ダルビッシュ投手ではありませんが、
「困っている人が多くいる中、そういう時に野球をやっていいのかと思う」
に同感する自分がいます。

何事もなく朝起きて、何不自由なくお腹がすけばご飯をたべ、
仕事をして、寒ければ暖かくして寝られる。
本当にいいのだろうかと心のどこかで思ってしまいます。

<今の自分にできること>
・ただただ一人でも多くの方が救われるよう祈ること
・少しでも被災地の復興、被災者の方々に役に立つように義援金等の支援を行うこと。
・毎日一生懸命生きること

民放のCMでは、
「心」は誰にも見えないけど、「心づかい」は見える
「思い」は見えないけど、「思いやり」は誰にでも見える

日々心づかい、思いやり、目に見えるような取り組みを心がけます。
東北地方太平洋沖地震。

その時、私はたまたま会社にいて、
お客様と☎をしていました。
☎に夢中で当初揺れを感じませんでしたが、
話をしている内に自分の体が揺れている事に気づきました。
OFFICEが10階ということもあり、かなり揺れました。

ゆっくりと右に左にと気持ち悪いぐらいでした。

また、弊社の仙台支社は、全員無事でした。

1日経って被害の大きさに愕然。
50を超える国からの支援。
こんなときに何ができるのか。
被災地域、被災者の方に対しては、
皆さんの無事と一日も早い復興を祈るばかりです。


「目配り、気配り、心配り」

これは、社会人として信頼されるための基本的スキルだと思います。
本来家庭・学校で教えるべきことですが、これがなかなかできない社会人も
実は多いのではないかと感じる今日この頃です。
すべて、自分中心に考えてしまう考え方や行動が顕著に見受けられます。

社会人になると、「気づき」という言葉に置き換えられますが、
「気づき」という言葉だけに目をやってしまうとこれがなかなかできないですね。

なぜ気づきが必要なのか?
結論としては、人に喜んでもらうためだと思います。

気づこうとすれば、常に先を読み、相手の行動を観察して、
どうしたら喜んでもらえるのかを考え即行動に移すはずですが。

そこまで気が回らない人たちが多いことに、かなり敏感になってしまいます。

求めるレベルが高すぎるのでしょうか?
特にサービス業などの対応を見るといらいらしてしまうことが多いのも事実です。

目を配る→全体を常に意識する
気を配る→お客様が来社されたらお茶を出す。
心を配る→お客様が来社されたらお待ちしておりました●●様とお客様のお名前で呼び、
     夏の暑い日であれば、冷たい飲み物を出す。
     事前に好きなもの、以前に来社されているのであれば事前情報をしっかり把握して
     さりげなく問いかけておもてなす。

心を配るところまでできている人がどれだけいるでしょうか?
ここを差別化してビジネスを行っていけば、必ず勝つことができると思います。
目標を持って初めて見たけれども。。。
なかなか続かない。

はじめはやる気満々だったけれども
日々の仕事に追われてしまって変化できない。

成功している人を見ると、あの人は
もともと才能があったから、と思ってしまう。

アントレプレナーセンターの福島正伸さんの
著書に「いかなる才能も努力には勝てない」という
ことが書かれていました。

運に恵まれた人々はいう
「誰よりも努力してきてよかった」
天才と言われる人々はいう
「どれよりも努力してきてよかった」
奇跡を成し遂げた人々はいう
「誰よりも努力してきてよかった」

努力は才能のあるなしにかかわらず、
やろうと思えばできるもの

できるかできないかではなく
やるかやらないか

新しい事にとりくむとき
「できる」か「できない」かを考えると
結論は、「できない」になる

なぜなら、新しい事は
考えれば考えるほど
問題が見つかるだけだから

新しい事に取組むときは
「やりたい」か「やりたくない」かを
考える
そして、「やる」と決めたなら
「どうしたらできるか」だけを考える

そうすれば「できること」しかしなくなる

『いかなる才能も努力には勝てない』

努力なくして成長なし!
ですね。