馬券買ったことある?
ある。
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玉ねぎを切る時、左手小指先端から3ミリ程度の場所、深さは指半分くらい。なぜか爪ごとざっくり切ってしまった。
痛いというよりも、非常に血が出る。
なんでここに自分の小指があるの?という感じで詳細がわからないほど、切ってからびっくりした出来事だった。
玉ねぎ切っているときで良かった。
かぼちゃだったら指を詰めていたと思う。
「肝性脳症でぼーっとしていたのかな」
なんて思ってしまうのは元の職業病。
バンドエイドで保護したものの。
パソコンキーボードを打つとき、Aボタンが打ちにくい。
競馬の日で思い出すのが…。
なろうで「なんでも欲しがる妹(義妹)」がネタとしてよく出てくる。この設定はネタだから仕方がないとはいえ、出てくるとイラっとする。逆に賢い妹が活躍する話は大好き。
実際に年の離れた姉兄を持つ妹(私)の立場として、「おさがりばかりで自分のものが無い」絵具セットであり、習字セットであり。
同級生の皆が新品の自分の物を使用している中、姉の名前の残る年数を経た使い古しを使う自分はとても悲しい。
何が悲しいかと言えば「自分が両親にとってどうでもいい存在」ということ。自分を重要視してほしい意味で『おさがりではなく新しいものが欲しい』と親にアピールする。それが『欲しがりの妹』のネタになるのだろうか。
あとは姉や兄の持つ物だったということが嫌。たとえそれがおさがりでも「哀れで愚かな妹に恵んでやっている」という姉や兄の優越感を帯びた表情が特に嫌い。「気色悪い、あの人たちの持ち物は欲しいと思わない」という感覚は昔からあった。
年月を経て、私が競馬場にも通うほど自分が競馬にのめり込んでいたとき、兄が「競馬をみたい」と。(賭けるより、血統、調教、騎手の力量と戦略を読むのが好きだった)
兄が各地の競馬場に行く姿に、ものすごく冷めて競馬熱が消え去る。スンって音がするほど。
私が熱中するもの、面白いと思うもの、持ち物、出来事をまねする「兄」と「姉」は、「欲しがりな幼い妹」よりもいろいろ厄介で気色悪い(いろいろある)。
それを思い出す「競馬の日」。
