どこからか聞こえる誰かの笑い声で目が覚めた。
中途半端に開いたカーテンから射し込む光が眩しい。サイドテーブルに置かれたスマホの電源を入れると、ロック画面に「8:30」と時刻が表示された。
「……起きよ」
二度寝するか否か逡巡したが、今から眠れる気がしなかったので重い上半身を起こす。そのときに口をついて出た「どっこいしょ」という言葉で自分の老いを痛感し、小さく嘲笑した。
リビングに出ると、無駄に広くて静かな空間にテレビの音が流れていた。おそらく「彼」が家を出る際に消し忘れたのだろう。街角インタビューを受ける2人の女性が楽しそうに笑っているのを見て、さっき聞いた笑い声の出どころはここだと悟った。
トイレに行き、洗顔と歯磨きを済ませ、朝食は何にしようかと冷蔵庫の扉を開いたとき、テレビから「彼」の声が聞こえてきた。
「続いてエンタメのコーナーです。本日のゲストは、来週スタートの新ドラマの主演を務める櫻井翔さんです」
「おはようございます。櫻井翔です」
その声を耳にした途端、条件反射で朝食作りなんてそっちのけでリビングに戻った。「彼」が――翔くんが、数時間前までうちにいた翔くんが、画面の向こうでスーツを身にまとって爽やかな笑みを浮かべている。その笑顔が自分に向けられたものではないと分かっていても、つい胸が高鳴ってしまう。
「今大注目のドラマですが、見どころはどこですか?」
「そうですねぇ。特に中盤のあるシーンは絶対に見逃さないでほしいですね」
「今回の役は櫻井さんにとって挑戦だと伺っています。どのようなお気持ちで撮影に臨んでいますか?」
「まず、役作りから徹底的にやりました。撮影は――」
女性アナウンサーの質問に翔くんは淀みなく答えていく。
「かっこいいなあ」
無意識にそんな言葉がこぼれる。それに対して俺は寝間着のままだ。本当に彼が自分の恋人なのか、昨夜俺の部屋で一緒に寝ていたのは本当に彼なのか疑いたくなる。
結局、翔くんが映っている間はテレビの前から一歩も動かなかった。翔くんが出演者たちに会釈をしながらフェードアウトして、番組MCが次のコーナーの名前を言ったところでようやく俺は朝食を作るためにキッチンへ向かった。
「ふぅ……」
ソファーに身を沈めて食後のコーヒーを啜る。今日は目玉焼きが上手く作れた。トーストの焼き目もちょうどよかった。それなのに、どこか不満足だ。ダイニングテーブルの、ぽつんと空いた席に向かって食べるご飯は心なしか味気なかった。
いつの間にか翔くんが出ていた番組は終わっていた。適当にザッピングするも特に面白そうな番組が見つからなかったので、そのままリモコンの電源ボタンを押した。
静寂がなんとも心地よい。換気のために開けた窓から柔らかい風が吹き込んで、カーテンが優しく波打つ。その光景をぼーっと眺めていると、スマホが震えだした。着信だ。真っ黒な画面に表示される「櫻井翔」という文字を見て、一気にテンションが上がった。
「もしもし、翔くん?」
「あ、智くん。よかった、起きてたんだ」
大好きな翔くんの声だ。この声を独り占めできるなんて羨ましいだろ、と日本中のファンに対して優越感を抱く。
「起きてたよ。あ、翔くん、テレビ消してなかったよ」
「え、まじ? ごめん、忘れてた」
「まあいいよ。そのおかげで翔くんが映ってるところ見られたし」
「ははっ。そっか」
翔くんが楽しそうに笑う。それにつられて俺も噴き出した。
「そういえば、何か用事があるんじゃないの?」
ふと思いついて尋ねる。普段、メールで連絡を取り合っている俺たちはめったに電話をしない。だから、この珍しい出来事に少しだけ困惑していた。
「そうそう。今日も智くん家に泊まらせてもらおうと思って」
「それはいつものことじゃん」
「違う違う、本題はここから。今からドラマの撮影があるんだけど、夜の7時に終わって8時頃にそっちに着く予定だから、その時間は家にいてね」
「今日は一日オフだからずっと家にいるよ」
「ああ、そっか。じゃあ8時くらいにね。またね」
最後の方はまくしたてるようにしゃべり、翔くんはこちらの返事を待たずに通話を終わらせた。今からドラマの撮影だと言っていたから忙しいのかもしれない。思っていたより話の内容は緊急性の高いものではなかったし、なぜわざわざ多忙なスケジュールの合間を縫ってまで電話をかけてきたのか謎である。
壁掛け時計は11時ぴったりを指している。翔くんが来るまであと9時間。何をして過ごそうか悩んだ末に、締め切りが近い仕事があったことを思い出した。それが終わったら部屋の片付けをして、昼食にしよう。
「どっこいしょ」
ソファーから立ち上がろうとして、また無意識に言ってしまった。メンバーからしばしば「おじいちゃん」とイジられるが、本当に老いてきたんだなと少し悲しくなった。
中途半端に開いたカーテンから射し込む光が眩しい。サイドテーブルに置かれたスマホの電源を入れると、ロック画面に「8:30」と時刻が表示された。
「……起きよ」
二度寝するか否か逡巡したが、今から眠れる気がしなかったので重い上半身を起こす。そのときに口をついて出た「どっこいしょ」という言葉で自分の老いを痛感し、小さく嘲笑した。
リビングに出ると、無駄に広くて静かな空間にテレビの音が流れていた。おそらく「彼」が家を出る際に消し忘れたのだろう。街角インタビューを受ける2人の女性が楽しそうに笑っているのを見て、さっき聞いた笑い声の出どころはここだと悟った。
トイレに行き、洗顔と歯磨きを済ませ、朝食は何にしようかと冷蔵庫の扉を開いたとき、テレビから「彼」の声が聞こえてきた。
「続いてエンタメのコーナーです。本日のゲストは、来週スタートの新ドラマの主演を務める櫻井翔さんです」
「おはようございます。櫻井翔です」
その声を耳にした途端、条件反射で朝食作りなんてそっちのけでリビングに戻った。「彼」が――翔くんが、数時間前までうちにいた翔くんが、画面の向こうでスーツを身にまとって爽やかな笑みを浮かべている。その笑顔が自分に向けられたものではないと分かっていても、つい胸が高鳴ってしまう。
「今大注目のドラマですが、見どころはどこですか?」
「そうですねぇ。特に中盤のあるシーンは絶対に見逃さないでほしいですね」
「今回の役は櫻井さんにとって挑戦だと伺っています。どのようなお気持ちで撮影に臨んでいますか?」
「まず、役作りから徹底的にやりました。撮影は――」
女性アナウンサーの質問に翔くんは淀みなく答えていく。
「かっこいいなあ」
無意識にそんな言葉がこぼれる。それに対して俺は寝間着のままだ。本当に彼が自分の恋人なのか、昨夜俺の部屋で一緒に寝ていたのは本当に彼なのか疑いたくなる。
結局、翔くんが映っている間はテレビの前から一歩も動かなかった。翔くんが出演者たちに会釈をしながらフェードアウトして、番組MCが次のコーナーの名前を言ったところでようやく俺は朝食を作るためにキッチンへ向かった。
「ふぅ……」
ソファーに身を沈めて食後のコーヒーを啜る。今日は目玉焼きが上手く作れた。トーストの焼き目もちょうどよかった。それなのに、どこか不満足だ。ダイニングテーブルの、ぽつんと空いた席に向かって食べるご飯は心なしか味気なかった。
いつの間にか翔くんが出ていた番組は終わっていた。適当にザッピングするも特に面白そうな番組が見つからなかったので、そのままリモコンの電源ボタンを押した。
静寂がなんとも心地よい。換気のために開けた窓から柔らかい風が吹き込んで、カーテンが優しく波打つ。その光景をぼーっと眺めていると、スマホが震えだした。着信だ。真っ黒な画面に表示される「櫻井翔」という文字を見て、一気にテンションが上がった。
「もしもし、翔くん?」
「あ、智くん。よかった、起きてたんだ」
大好きな翔くんの声だ。この声を独り占めできるなんて羨ましいだろ、と日本中のファンに対して優越感を抱く。
「起きてたよ。あ、翔くん、テレビ消してなかったよ」
「え、まじ? ごめん、忘れてた」
「まあいいよ。そのおかげで翔くんが映ってるところ見られたし」
「ははっ。そっか」
翔くんが楽しそうに笑う。それにつられて俺も噴き出した。
「そういえば、何か用事があるんじゃないの?」
ふと思いついて尋ねる。普段、メールで連絡を取り合っている俺たちはめったに電話をしない。だから、この珍しい出来事に少しだけ困惑していた。
「そうそう。今日も智くん家に泊まらせてもらおうと思って」
「それはいつものことじゃん」
「違う違う、本題はここから。今からドラマの撮影があるんだけど、夜の7時に終わって8時頃にそっちに着く予定だから、その時間は家にいてね」
「今日は一日オフだからずっと家にいるよ」
「ああ、そっか。じゃあ8時くらいにね。またね」
最後の方はまくしたてるようにしゃべり、翔くんはこちらの返事を待たずに通話を終わらせた。今からドラマの撮影だと言っていたから忙しいのかもしれない。思っていたより話の内容は緊急性の高いものではなかったし、なぜわざわざ多忙なスケジュールの合間を縫ってまで電話をかけてきたのか謎である。
壁掛け時計は11時ぴったりを指している。翔くんが来るまであと9時間。何をして過ごそうか悩んだ末に、締め切りが近い仕事があったことを思い出した。それが終わったら部屋の片付けをして、昼食にしよう。
「どっこいしょ」
ソファーから立ち上がろうとして、また無意識に言ってしまった。メンバーからしばしば「おじいちゃん」とイジられるが、本当に老いてきたんだなと少し悲しくなった。