翔くん。
俺の自慢のメンバーで、恋人。
かっこよくて、ときどき可愛くて、俺の誰よりも好きな人。

「……ん」

目を覚ましたとき、窓の外はすでに暗かった。いつの間に寝ていたのだろう。寝起きで働かない頭をフル稼働させる。そうだ。仕事を済ませ、簡単に部屋の掃除をして、遅めの昼食を摂ったら睡魔が襲ってきてソファーの上で眠ってしまったのだ。

「今何時……」

起き上がって壁掛け時計を確認すると、針は8時35分を指していた。

「あれ?」

朝の電話で翔くんは「8時頃には家に着く」と言っていた。しかし、今この部屋には俺1人だけ。きっと撮影が長引いているのだろう。それなら仕方ない。念のためメールや着信がないかスマホを見てみるも、そのような通知は1つもなかった。

「早く来ないかな」

ソファーの背もたれに身体を預ける。テレビでその姿を見たり電話したりしたものの、やっぱり直接会わないと寂しい。たった一日、されど一日。俺はもう、翔くんがいないと生きていけない。いい歳した大人が言うにはあまりに滑稽であるが、悲しいかなこれは紛れもない事実だ。

それから冷蔵庫を漁ってだいぶ遅めの夕食を作り、また誰もいない席に向かって黙々と食べた。この時点で時刻は9時をとうに回っていた。いまだにスマホは沈黙を貫いている。食器を洗い終えたところでついに耐えきれなくなった俺はメッセージアプリから翔くんの名前を探し、発信ボタンを押した。

呼び出し音がやけに長く感じる。まだ忙しいのか、翔くんはなかなか出ない。そして、もう何度鳴ったか分からない呼び出し音は諦めたかのように突然途切れた。翔くんは電話に出なかった。

なんだか嫌な予感がする。とりあえず自分を落ち着かせるためにテレビをつけた。今は夜のニュース番組の時間だ。ニュースキャスターが読み上げる原稿の内容を聞いて、俺は目を見張った。

「今日午後7時50分頃、東京都○○区△△付近の交差点でトラックと乗用車が衝突する事故がありました。トラックの運転手は軽傷ですが、乗用車に乗っていた男性2人は意識不明の重体とのことです。警察は、2人の身元を確認するとともに――」

事故現場は俺の家の近所だった。しかも、その交差点はマネージャーに車で送ってもらうときにいつも使っている。それはうちに来る翔くんも例外ではない。

「うそでしょ……?」

冷や汗が止まらない。顔から血の気が引いていくのがはっきりと分かる。しばらくその場で呆然としていたが、やがていても立ってもいられなくなり、上着も引っかけずに無我夢中で部屋を飛び出した。

12月を間近に控えた秋の夜は信じられないほど寒い。だが、今はそんなことなどどうでもいい。

「翔くん、翔くんっ」

うわ言のように恋人の名前を呼びながら必死に事故現場の交差点まで走る。ようやく着いたときには体力のほとんどを使い果たしていた。野次馬の間をすり抜けた先に見えたのは、ひしゃげた車と、それに群がる警察と、赤いランプをつけたパトカーだった。

「……っ」

目の前の光景に言葉を失う。すると、隣にいた野次馬の会話が耳に入ってきた。

「トラックの信号無視らしいわよ」
「おまけにものすごいスピードだったんですって? まさかこの辺でそんな事故が起きるとはね……」
「被害者の方は意識不明の重体らしいけど、助かるかどうか……」

これ以上は聞きたくなかった。事故に遭ったのが本当に翔くんかは分からないけれど、もしそうだった場合を想像せずにはいられなかった。

「どうしよう。翔くんだったら、どうしよう」

おぼつかない足取りでどうにか家にたどり着く。エレベーターを降りて部屋へ向かうと、誰かがドアにもたれかかっているのが見えた。その人はこちらに気づくと、心底安心したような表情で駆け寄ってきた。

「智くん。ごめん、遅くなって」
「……翔くん」

間違いない。翔くんだ。

「生きてる……」
「はい? てかあなた薄着……って、なんで泣いてるの!」
「え?」

慌てて頬を拭うと、手のひらがわずかに濡れていた。それを見て自分が泣いていると自覚した途端、堰を切ったように涙が止まらなくなった。

「しょうくんだぁ〜」

わけが分からない翔くんは突然の俺の号泣にただ戸惑うばかりだった。

「ちょ、ええ……と、とりあえず中に入れて。ね?」
「……っ、う、うんっ」

しゃっくりを繰り返しながら鍵を開け、部屋に入る。その後、俺が落ち着くまで翔くんはずっと背中をさすってくれた。

「大丈夫?」
「うん……取り乱してごめん」

ソファーの上に散らばる、涙を拭いたティッシュをゴミ箱に捨てながら自分の醜態を恥じる。みっともない姿を見せてしまった。情けない。
しかし、翔くんは首を横に振って俺の手を優しく握った。

「何があったのか聞いてもいい?」
「ん……あのね」

俺は事の顛末を話した。8時になっても翔くんが来なかったから心配になったこと、電話をかけても出なかったこと、ニュースで見た事故の被害者が翔くんだと思ったこと、そして、部屋の前にいた翔くんを見たら安心して泣いてしまったこと。

全てを話し終えると、翔くんは頭を抱えて大きくため息をついた。

「全部俺のせいだ……。謝るのはこっちだよ」
「撮影が長引いたんじゃないの?」
「いや、それもそうなんだけど。智くんに連絡しようと思ったらそういうときに限ってスマホの充電が切れてさ。で、帰りの高速がめちゃくちゃ混んでて、マネージャーの携帯借りようにもトンネルの中でずっと止まってたから電波が繋がらなくて……本当に申し訳ない」
「そうだったんだ」

翔くんは翔くんで大変だったのだ。何はともあれ、こうして直接顔を見られて本当によかった。

不意に翔くんが「智くん」と手を握り直した。

「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「え、あ……今日」

その言葉を飲み込むのにしばらく時間がかかった。そうか、今日は11月26日。すっかり忘れていた。翔くんは下を向く俺を見て訝しげに首を傾げた。

「もしかして、忘れてた?」
「うっ……今日が何日か気にしてなかった。だから電話で家にいるようにって言ってたんだね」
「そうだよ。予定ではこれから2人でお祝いのパーティーをするつもりだったんだけど、日付が変わるまであと30分しかないや」
「ううん。翔くんと一緒にいられたらそれでいい」

翔くんが隣にいてくれたら、他は何もいらない。そう言うと、翔くんは勢いよく俺に抱きついてきた。彼の規則正しい心音が伝わって、これ以上ないくらいの幸福感と安心感に包まれる。

「改めて、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」

翔くんの吐息が耳元をくすぐる。今はそれでさえも愛おしい。

「ありがとう、翔くん。俺は世界一の幸せ者だよ」

彼の身体に全ての体重を預け、目を閉じる。翔くんはそんな俺の頬にそっと唇を寄せた。

翔くん。翔くん。大好きだよ。

秋の夜は、まだ長い。



初投稿にして大野くんのお誕生日ストーリーでした。
40歳おめでとうございます(^^)