だいじょうぶ。
誰にも愛されてないなんて、そんな風に悲観してばかりじゃだめ。
がんばれ。



もし、誰にも愛されてなくても。
私が誰より愛してあげる。
愛してあげる。
がんばれ。



これでよかった。
終わりにできる。
事実がどうかなんて、知らなくていい。
自分に残ったもの。
それだけが真実なはず。



生まれてきたことを呪っても、後悔しても。
もう生まれてきてしまったんだから遅い。
一度生まれてしまったら、勝手に終わらせられない。



さみしいのは自分だけじゃない。
それが一体なんの慰めになるんだろう?
みんな他人に興味なんてない。

目はたった2つ。
耳はたった2つ。
手はたった2つ。
身体はたった1つ。

自分で精一杯。



連絡なんてこない。
連絡もできない。

なら、携帯なんていらない。
会う必要もない。


なのになんで?
まだ諦められないの?
どこに希望がある?




望み続けることが一番つらい。
苦しい。
心を捨てたくなる。


見たくない、聞きたくない。
消えて?
消して?



こうでしか生きられない。
自分が嫌いだよ。
器用すぎて不器用にしか生きれない。
だいっきらい。




黒くぬりつぶしたい。
ぜんぶ、全部。



どれだけ泣いても、起こってしまった現実は変えられないね。

分かってるから、余計泣きたくなるね。


孫の写真を取りに行って、亡くなられたおじいさん。

とっさに取りに行かなきゃって思ったのかな。

大事だったんだよね。

孫な本当に大好きなおじいちゃんだったって言ってた。


でも、でもね。

生きてさえいてくれたら、また写真たくさんとれたのにって

そう思うと、悲しいし悔しいよ。

もっとたくさん、孫と過ごしてほしかった。


他にも、津波で亡くなられた方の中にも

家族とのアルバムを抱えて亡くなられた方がたくさんいるんだって。

もう・・・なんか・・・ただ胸が苦しくて、涙が止まらないよ。




みんなに、生きててほしかった。




遠く離れたところにいるから

テレビや新聞の映像でしか、今回の地震のこと知れなくて。

それでも、ほんとに苦しくて悲しくて・・・なんて言っていいのかわかんない気持ちになるのに。

実際にそこで被害にあわれてる方の心は大丈夫なのかなあ。



小学生くらいの男の子が自分のお母さんの遺体を見つけたり

津波の中で必死に耐える周りに、たくさんの方の遺体が浮かんでいたり

現実とは思えないような、想像もできないようなショックを受けてるはずだよね。



どうか、この先。

今回悲しまれた方の未来が

笑顔あふれる未来でありますように。

そして、生きててよかった。

そう思える未来でありますように。


人生、そんなもんなんだ。


この道を進むと決めたのは自分かもしれないけど

その道を望んでいたのは自分とは限らない。。


決めた道と望む道が一致するなんて

奇跡みたいなもんなんだよね(´・ω・`)



今までは、なんとなくで決めた道だった。

でも、なんとなく生きてきたからそれでよかった。



これからは、そうはいかない。

し、それではだめなんだよね。


いつだって、最後に決めるのは自分だから

心のどこかでは望んだ道なのかもしれないけど

それで幸せになれるかなんてわかんないけど

幸せなんて、きっとあとから気づいたりすることがほとんどで

当たり前に生きてること自体幸せすぎることで

幸せを願えること、それがもはや幸せなんだって・・・ね。


大丈夫。

前に進めば、どんだけ遠回りでもどんなに小さくても

必ず「幸せ」はあるよ。


そう信じていれば、きっとたどり着ける。

終わりがくるまで、そう信じ続けよう。

終わりがきても、そうあり続けよう。

どうなるかわからない毎日の中で、明日を信じれる幸せを心から感じよう。


そして進み続けよう!!

きっと弱音もたくさん吐くけど、つよがりばっかり言っちゃうけど

完璧なんて、ひとりで生きていけるなんて

そんな悲しい人間には・・・なれないし、なりたくないもん。






それでいい。

これでいい。

だいじょうぶ。

まだ、歩いて行ける。