父は、自分の右目の視力と長年働いた職を失った。
もう失うものは無い。
父も、私も、そう思った。

 厳しい寒さが到来した22歳の冬。


母から電話があった。
「ねえちゃん、家売っちゃらんね。」

母の発した言葉の意味が分からなかった。

 すると、聞き覚えの無い男が電話を取り次ぎ・・・・
「あなたのお母さん、自己破産することを決めたんだけど、その家の権利は、あなたのお父さんとお母さんで半分づつになっていて・・・・
自己破産するときは、財産があってはいけないので、その家を売ってしまわないといけないんですよ。
また、あなたのお母さん、その家を担保に借金していて・・・競売にかけられてるんですよ。
実は、あなたのお母さん約2000万の借金を抱えていまして。お母さんが住んでいるマンションの方は強制退去命令まで出ていまして・・・・」
と。



意味が分からなかった。




何日か後。
自己破産のため、私が弁護士に立ち会わないと行けないと・・・あちこちに連れ回される。
難しい言葉で呪文のように説明している。
 意味が分からない。
自己破産するにも30万程費用が掛かる。

今の母にそんな余裕は無かった。
借金取りから逃げるため・・・・
13コ下の弟と車で日々、野宿生活。
ガソリン代が無くなったら・・・・連絡してくる。

 父になんと言ったらいいか分からなかった。



しかし、私の経済力にも限界がある。
父に打ち明けた。


「あいつが借金あるの知っとった。
そのうちの1つは、少しずつやけど毎月、返済しよったったい。
もう、お前に残せるモノはこの家だけやろうが。帰る家が無かったら心細かろうがぁ。せめてこの家だけはと思って。我慢して返済しよったい。
あいつが俺の酔っぱらっとるときに、書類にサインさせて借金の連帯保証人にされたったい・・・・俺は何のために生きてきたとや!俺の人生ボロボロや。俺は丸裸たい。金になるもん全部あの女に・・・あいつに毟り取られてしまった。」


と。
父は、淋しく、泣きながらぼやいた。



それから、母が自己破産するまで・・・・
不動産、弁護士、父、母・・・・のパイプ役をしたが、大人は自分勝手だ。
お互い直接話せばいいことを、わざわざ子どもを中和役に置いて。
 このとき、押し潰されそうだった・・・・大人ワガママに。


家を売って、取り分は半々だったが・・・
全て母の借金に消えた。

私の実家は無くなった。
母の借金は嵐と共に金をさらって行った。

父は、私と一緒に住むことを希望した。
引越し屋を頼む程、父の荷物はそう多くは無かったが、いろんな手続きやらで福岡と北九州を何往復したか・・・・覚えていない。
 父が福岡を離れる最終日、連絡の途絶えていたはずの愛子オバちゃん夫婦が手伝いに来た。というより、家財道具を持ち帰りにやってきた。エアコン、冷蔵庫、テレビ、洗濯機・・・・
「こんなん捨てたら勿体無いけん預かっとっちゃるばい」
と愛子オバちゃんは言った。
 虫唾が走る。
父は
「俺のために飛んできてくれるのはお前たちだけたい」
と、嬉しそうだった。




しかし、2週間後。
「この家財道具早く取りに来て!いつまっでも置いとかれたら邪魔で邪魔で仕方ないけん。これどうすると?」
と、愛子オバちゃんから電話があった。

父は腹が立ったらしく
「お前たちにくれてやるたい」
と言って電話を切ったとか。
父は心の中で妹と絶縁した。


 なんだかんだ動き回って疲れ果てたが何とか無事、引越しは終わった。
 当時、私が住んでいた部屋は1K。父はそこに行くと。
いやいや、流石に父と1Kで暮らすのは無理だと私は思った。 
2人暮らし出来るまでの間1ヶ月程、レオパレスで父は待機することに。

やっと、2LDKへ移れた。
同居することの約束。
「1日中家でゴロゴロしない」
「今までのことは口に出さない」
だった。
「北九州で0からやり直そう」と、明るい親子暮らしになるはずだった。

しかし、実際は・・・

父の干渉の日々。
たまに外には散歩していたようだが、大半が家でテレビを見ては酒とタバコを飲んでいた。

当時、私はダンスをしていた。
練習や、自主練習で夜中に帰ることが当たり前だった。
しかし、父は
「こんなに帰りが遅くなるんやったらダンスなんか止めてしまえ!この不良娘が!ダンス習う金があったら貯金しろ!」

「たまには、部屋を片付けろ!そんな暇があったらもっと働け。将来、不安じゃないとか。今、好き勝手しよるけどなぁ、いつまでもお父さんが生きとうわけじゃないったい!
もっと、親孝行したらどうや!」

「お前は目が見えるけん自由に好き勝手できるやろうけどなぁ、こっちは虚しいとぞ!お前にお父さんの気持ちが分かるか?もっとマシな人間になれ!」


・・・・・・。
毎日、毎日・・・・・
喧嘩の日々。



ある日。

「私だってね、お父さんの背中見よったら虚しくなるったい。約束したやろうが。障害者センターに行って習い事するって。毎日、散歩するって・・・・・実際どうよ?ほぼ毎日、お酒とタバコに明け暮れて・・・人のこと干渉して。そんなの楽しいと?もっと頑張るはずやなかったと?なんしよるとよ。」

言ってしまった。
溜まりすぎた感情と共に。
父を思う気持ちを忘れて・・・
ただ、怒りをぶつけた。




八ッとしたときには・・・・もう遅かった。
自分の言葉で父を傷つけた。

「俺だってな、もう死にたい。」
「毎朝、目が覚めたら『あぁ・・・また生きとる』って虚しくなるったい。
やりたいこと・・・もちろんあるばってん、自由がきかんかろうが。目が見えんだけでいろんなことが出来んくなる辛さ、お前にはわからんやろう・・・」



父に「死にたい」と言わせてしまった。
自分が嫌になった。


続く。