徒労努力や苦労したにも関わらず
成果が得られず無駄に終わる事
最近この言葉を身を持って知る出来事があった。
今年90歳になった叔母(母の妹)の面倒を
4年ほど付かず離れず見てきた。
幼少期より足が悪く、40代後半には癌を患い
認知症になった2歳下の妹を支えながら
喫茶店を営んでいた気丈な賢い叔母だった。
妹をなんとか介護施設に入居させ
念願のマンション一人暮らしを手に入れたのだけど
彼女とって住めば住むほど現代のマンションは
居心地が悪かったようだ。
風呂が大きすぎる。
扉が重過ぎる。
一日中変な音がする(24時間換気)
etc.etc.etc,
一人暮らしを始める時にケアマネや地域包括センター
の職員さん、リハビリの先生たちがマンションに集まり、あれこれ相談して補助器具やヘルパーの手配など
必要最低限の提言をしてくれたのだけど。
叔母はそのほとんどを受け入れなかった。
まだ大丈夫。ひとりでできるから。
いずれお世話になる時があるかもしれないけど
その時に考えます。
私を含め誰一人として反対は出来なかった。
それから4年が経ち限界が見えてきた。
まずまともにご飯を食べていない。
台所に立つとふらつく、めまいがするといい
料理をしなくなった。
たぶん長い時間の立ち仕事が辛いのだろう。
配食サービスを提案したけど不経済と言われた。
腰が曲がらなくなってきて衣服の着脱に苦労するようになった。
そして「お寂し病」
誰とも会話しない日が続き、自分は何のためにに生きているんだろうと考えて落ち込む。
不自由な身体で出歩くのが苦痛なので、最低限の外出しかしなくなった。
ご飯に誘っても断られることが増えた。
好きな食べ物など無いと言い食に興味を示さない。
デパ地下などで美味しそうなお弁当を買って行っても
こんなにたくさん食べられないと文句が出る。
食べ残すのはもったいないらしい。
そこでデイサービスを薦めてみた。
はじめは「幼稚園みたい」と難色を示していたが
百戦錬磨の職員さん達に優しくしていただき
徐々に会話するお友達も出来て上手くいくはずだった。
ところが、長年の無理が祟ったのか
腰や足が軋み始め痛みが出てきた。
整形外科に通って痛み止めの処置をしてもらうけど
なかなか良くならない。
デイサービスの職員さんが見守りに来てくださり
ショートステイを提案してくださった。
私としては願ってもない提案だと叔母に強く勧めたのだが、ここでもまた「その時がきたらお世話になる」と言う返事が返ってきた。
今でしょ‼️
某塾講師の決め台詞じゃ無いけど
その時って何時?
今でしょ!
その挙げ句に「どこか悪いところがあるかも」と
自分から整形外科に入院してしまったのだ。
10日も経たないうちに自力で立てなくなった。
ベッドで寝てばかりの生活。
90歳はあっという間に筋力が落ちる。
医師もケースワーカーもリハビリの先生も
皆さんこの先の一人暮らしは無理と言う見解。
そしてケアマネが介護度の区分変更をかけてくれ
要支援2から要介護3になった。
運のいい事に妹叔母がいる介護施設が引き受けてくれることになった。
もう天の采配としか思えないありがたさ。
早速喜び勇んで伝えたら、とんでもない返事が来た。
このまま施設に行くのは余りにも
悲しい。2.3日4.5日家に帰りたい。これでは棺桶を用意されて
入れと言われているようだ。
この言葉を聞いた時浮かんだ言葉が
「徒労」です。
私は今まで何をしてきたのだろう。
少しでも長く生きてほしいと思い、あれこれ考え
いろいろな人に相談して、1番ベストだと思う道を
提示したつもりだったけど。
本当にめちゃくちゃメンタルを削られた。
老人介護は苦しい。
自分しか面倒を見る人がいないから頑張ったのに
棺桶に入る準備をされたと言われちゃあ、こちとら
やってられねーや‼️
私だってもういい歳です。
人の面倒見ている場合じゃありません。
人生の残り時間を自分の為にに有効活用したい。
ぜーんぶ投げ出したい。
勝手にしゃがれだ。
泣き伏す私に天使が舞い降りた。
老人介護施設の課長さま。
「とにかく契約を済ませましょう。
まあ、いろいろありますけど
とりあえず入居してから考えましょう」
叔母を前にはっきり言ってくださった。
他人の前では物分かりのいい顔をする叔母の
特性を見抜いての発言。
叔母もその勢いに促され入居を決めた。
ここにも老人介護のスペシャリストあり。
助かった〜🙏地獄に仏とはこの事か。
まだまだこれから山あり谷ありだけど
ひとまず一件落着。
ここに書けないたくさんの事もあるけど
一旦脇に置いて。
後は野となれ山となれ。