叔母の施設入所前日の朝。

起きてからなんだかお腹が痛い。


差し込むような痛みではなく

ムニュムニュとした鈍痛。

何度かトイレ通いをして、なんとなく

治ったかなと思った。

身体が怠い。

再度トイレに。


なんと真っ赤な便😡


人生初めての血便と言うヤツだ。


怖い😱ちょー怖い😱😱


昨日は娘達と美味しい沖縄料理を食べた。

お酒もレモンサワー1杯だけ。

下痢も便秘もしていない。

思い当たる事が何も無い。


とにかく内科医の友人に電話して泣きつく。

落ち着け❗️

慌てなくても大丈夫だから。

とりあえず絶食して、水分をしっかり摂り

消化器内科を受診しなさいと言われた。

小学校からの友達はありがたい。

腐ってもタイ。老人だけど現役の内科医。

翌日は叔母の退院と施設入所。

運の良い事に全てが昼過ぎの予定だった。


翌日朝イチで消化器内科に飛び込んだ。

問診とCT撮影を終え

憩室出血ですね🩸

憩室炎は聞いたことあったけど憩室出血?

もらった薬は漢方薬と止血剤。

先生憩室出血の原因はなんなのでしょう?

はい、憩室があるからです。

CT画像を見ながら説明してもらったけど

ふ〜んだった。

珍しい事ではなく、再発率も高いらしい。

憩室がある限り仕方ない事らしい。


帰ってからネットでいろいろ調べてみた。

ちょうどEテレの今日の健康でも特集してた。

発熱と腹痛が起こるのが憩室炎。

なんの前触れもなく突然血便が出るのが憩室出血。


私の勝手な自己診断だけど、原因はストレス。

ネットにも書いてあった。

加齢とストレス。


施設入所した叔母からは鬼のように電話が来た。

こんなところにはひと月も居られない。

施設の人か黙って私の部屋のドアを開ける。

トイレの時に扉の前に立っている。

お風呂の後で私の衣類を勝手に洗う。


うん、おばちゃん。それが施設なんです。

頼むから落ち着いてくれ。

一応これで孤独死からは解放されたのだから。


徒労
努力や苦労したにも関わらず
成果が得られず無駄に終わる事

最近この言葉を身を持って知る出来事があった。

今年90歳になった叔母(母の妹)の面倒を
4年ほど付かず離れず見てきた。
幼少期より足が悪く、40代後半には癌を患い
認知症になった2歳下の妹を支えながら
喫茶店を営んでいた気丈な賢い叔母だった。

妹をなんとか介護施設に入居させ
念願のマンション一人暮らしを手に入れたのだけど
彼女とって住めば住むほど現代のマンションは
居心地が悪かったようだ。

風呂が大きすぎる。
扉が重過ぎる。
一日中変な音がする(24時間換気)
etc.etc.etc,

一人暮らしを始める時にケアマネや地域包括センター
の職員さん、リハビリの先生たちがマンションに集まり、あれこれ相談して補助器具やヘルパーの手配など
必要最低限の提言をしてくれたのだけど。
叔母はそのほとんどを受け入れなかった。

まだ大丈夫。ひとりでできるから。
いずれお世話になる時があるかもしれないけど
その時に考えます。

私を含め誰一人として反対は出来なかった。
それから4年が経ち限界が見えてきた。
まずまともにご飯を食べていない。
台所に立つとふらつく、めまいがするといい
料理をしなくなった。
たぶん長い時間の立ち仕事が辛いのだろう。
配食サービスを提案したけど不経済と言われた。
腰が曲がらなくなってきて衣服の着脱に苦労するようになった。
そして「お寂し病」
誰とも会話しない日が続き、自分は何のためにに生きているんだろうと考えて落ち込む。
不自由な身体で出歩くのが苦痛なので、最低限の外出しかしなくなった。
ご飯に誘っても断られることが増えた。
好きな食べ物など無いと言い食に興味を示さない。
デパ地下などで美味しそうなお弁当を買って行っても
こんなにたくさん食べられないと文句が出る。
食べ残すのはもったいないらしい。

そこでデイサービスを薦めてみた。
はじめは「幼稚園みたい」と難色を示していたが
百戦錬磨の職員さん達に優しくしていただき
徐々に会話するお友達も出来て上手くいくはずだった。

ところが、長年の無理が祟ったのか
腰や足が軋み始め痛みが出てきた。
整形外科に通って痛み止めの処置をしてもらうけど
なかなか良くならない。
デイサービスの職員さんが見守りに来てくださり
ショートステイを提案してくださった。
私としては願ってもない提案だと叔母に強く勧めたのだが、ここでもまた「その時がきたらお世話になる」と言う返事が返ってきた。
今でしょ‼️
某塾講師の決め台詞じゃ無いけど
その時って何時?
今でしょ!
その挙げ句に「どこか悪いところがあるかも」と
自分から整形外科に入院してしまったのだ。

10日も経たないうちに自力で立てなくなった。
ベッドで寝てばかりの生活。
90歳はあっという間に筋力が落ちる。
医師もケースワーカーもリハビリの先生も
皆さんこの先の一人暮らしは無理と言う見解。

そしてケアマネが介護度の区分変更をかけてくれ
要支援2から要介護3になった。
運のいい事に妹叔母がいる介護施設が引き受けてくれることになった。
もう天の采配としか思えないありがたさ。

早速喜び勇んで伝えたら、とんでもない返事が来た。
このまま施設に行くのは余りにも
悲しい。2.3日4.5日家に帰りたい。これでは棺桶を用意されて
入れと言われているようだ。

この言葉を聞いた時浮かんだ言葉が
「徒労」です。
私は今まで何をしてきたのだろう。
少しでも長く生きてほしいと思い、あれこれ考え
いろいろな人に相談して、1番ベストだと思う道を
提示したつもりだったけど。
本当にめちゃくちゃメンタルを削られた。
老人介護は苦しい。
自分しか面倒を見る人がいないから頑張ったのに
棺桶に入る準備をされたと言われちゃあ、こちとら
やってられねーや‼️

私だってもういい歳です。
人の面倒見ている場合じゃありません。
人生の残り時間を自分の為にに有効活用したい。
ぜーんぶ投げ出したい。
勝手にしゃがれだ。

泣き伏す私に天使が舞い降りた。
老人介護施設の課長さま。
「とにかく契約を済ませましょう。
 まあ、いろいろありますけど
 とりあえず入居してから考えましょう」
叔母を前にはっきり言ってくださった。
他人の前では物分かりのいい顔をする叔母の
特性を見抜いての発言。
叔母もその勢いに促され入居を決めた。
ここにも老人介護のスペシャリストあり。
助かった〜🙏地獄に仏とはこの事か。

まだまだこれから山あり谷ありだけど
ひとまず一件落着。
ここに書けないたくさんの事もあるけど
一旦脇に置いて。
後は野となれ山となれ。

半年ぶり?に風邪をひいた。


喉の違和感から発熱🥵

と言っても平熱が36.2くらいの私は

37℃でもう解熱剤飲むか飲まないか悩む状態。

月曜日から木曜日までダラダラ発熱して

咳も出始め引きこもりの日々を過ごしました。

熱が平熱に戻ったら夜間早朝の激しい咳。

横隔膜が痛い😓

去年10月に罹患したコロナと決定的に違うのは

全身の倦怠感。

あの泥沼に引きずり込まれるようなダルさは

コロナの特徴的な症状ではないかしら?


そんなこんなでぼんやりしていた時に

いつも拝読させていただいてる「夢屋」さんの

ブログに面白い記述があり「まさにこれ」と。


それは大丈夫と言う言葉。

常日頃疑問に感じていた事だけど

例えば風邪症状の人に「大丈夫?」と聞くのは

その人を気遣って発する言葉ではあるけど

大丈夫じゃない事はわかって言ってる場合が多い。

言われた方も心配ありがとうと言う意味で

大丈夫、大丈夫」と返答する。

なにこれ?

大丈夫  安心安全 間違いがないと言う意味

ふ〜ん。

確かに目の前で誰かが転けたら、とっさに

出る言葉は「大丈夫ですか?」だよね。

しかしほんとに無意味に思えてしかたがない。

その場での声のトーンとかで意味が違ってくるし

最近は接客の場などでも

「コーヒーのおかわり大丈夫ですか?

「そのサイズ大丈夫ですか?

「いかがですか?」じゃないのね。

否定系の場合もあるよね。

「もう少しお肉食べますか?」

大丈夫でーす

これは「もう充分です」なんだよね?

「明日カラオケ行くけどあなたもどう?」

大丈夫

行かないってことね。


日経新聞のコラムだったかにこんな例えもあった。

上司が仕事を頑張った部下に食事をご馳走して

「どうだった?あの店」

部下は「大丈夫でーす」と返答した。

どう言う意味に捉えたらいいのだろう?

「まぁ趣味じゃないけどご馳走さま」なのか

「お腹を壊すような店じゃないです」なのか

とにかくあまりいい感情にはならないよね。

「ご馳走さまです。美味しかったです」と

言えばすんなり終わるのに。


歌は世に連れじゃないけど言葉も世に連れで

変化していってるので肯定する言葉がいつの間にか

否定する言葉に変わってしまい、世代間ギャップ

なのか違和感がいっぱい。


まぁ風邪っぴきのご隠居ばあさんは暇なんで

こんなしょーもない事が頭の中でグルグルして

結果「ま、いっか」もういいかと思います。








「卒業」と言う古い映画の中のワンシーンが

この曲と共に浮かんできます。


今年は名古屋の早咲きオオカンザクラも

満開を少し過ぎたところでした。


3月15日主税町


3月19日東別院



まだ開花とは言えない感じ。




それでも枝垂れ桜は八分咲きでした。


3月30日東別院




満開でした。


恒例の桜の元での一杯



舞い散る花びらがハラリと浮かびます。

盃でないのは残念ですが、風情ですね。


3月は忙しなく過ぎていきました。

娘と奈良に行ったり、京都南座で「曽根崎心中」を

観たり。





推し活で「呪術廻戦展」にも行きました😅



こんな婆さんはいなかろうと思ったのですが

推しに年齢は無いとわかりました。

少ないながら同士を発見。

早く「死滅回遊 後編」が見たい‼️


さすがよく遊んでますなぁって?

はい、命短し遊べや老婆 ですもの。

3月初めに90歳になる叔母が入院しました。

2月頃から足腰が動くと痛いと言い出して

近所の整形外科に通っていたのですが

これといった病巣もなく加齢によるものだと。

一人暮らしがかなり負担になってきたので

施設入所を進めていたのですが、それを振り切り

「どこか悪いところを調べてもらう」と

自主入院してしまいました。

挙げ句の果てに入院1週間で立ち上がれなくなり

だから言わんこっちゃ無い

今は粛々と退院後の施設準備をしている私です。

叔母の病院に通いつつ、その合間を縫って遊ぶ。


一昨日も人と会う予定がドタキャンになったので

前から気になっていた映画「木挽町の仇討ち」を

観てきました。

シリアスかな?と思っていたら、そこかしこに

笑いありで江戸時代の芝居小屋を舞台にした

コメディタッチの人情ミステリーでしょうか?

それにしても柄本佑はいいなぁ。

結構早い段階で謎解き出来てしまうので

原作は読まずに観る事をお勧めします。




本日3月25日は主人の命日


今年は17回忌にあたります。




16年間欠かさず主人の親友が献花をしてくださり

心から感謝しています。

去るもの日々に疎しで忘れてしまっても

宜なるかな なのに。


毎年命日になると、その時の天気を思い出します。

雨だったな。

風が強かったな。

葬儀の時はいい天気で青空だったな。


生きていたらどんなジジイになっていたやら。


いなくなった直後はよく仏壇に話しかけたけど

最近は朝のおはようくらいで

いないのが日常になりました。


これでいいんだと思います。

人は一期一会。

出会ってくれてありがとう。

可愛いい娘を2人も残してくれてありがとう。

老後の自由をありがとう。


さあ!17年目も遊ぶぞー‼️