​現世渡り


あずきちゃんが眠る縁側には

暖かな日差しが差し込んでいた


ふぁ〜、よく眠ったのにゃ〜


伸びをして起きるあずきちゃん


いろは〜

どこにゃ??


すたすたと色んなお部屋をまわり

いろはを探す


所々にある障子に

猫の本能がうずうずする


んー、我慢にゃ…


いろはー


手で手当たり次第の部屋の

障子を開けると

ある部屋で

朧が穏やかな寝息を立てて眠っていた


あ、お兄さんが寝てるのにゃ



彼の寝顔を見つめるあずきちゃん



大人になった朝陽くんにしか

見えないのにゃ


私も一緒にねるのにゃ


彼の布団の上にのり

丸くなるあずきちゃん


穏やかな時間が少し経ったころ



「おはようございます、朧さま。

いろはです。

宝玉の蝶完成いたしました。」


朧の部屋の前にいろはがやってきた


「おはよう、いろは。
ありがとう。頑張って縫ってくれたんだね」

宝玉の蝶を朧に手渡すいろは


「朧さまの頼みですもの…」

頬を赤らめるいろは

「いろは〜、探したのにゃ〜」

「?!あずき?なんでここに??
ここは、朧さまのお部屋で…??」

あずきちゃんの存在に困惑するいろは

「一緒にいたのにゃ〜」

『つまり、猫だから朧さまと…
きゃーなんて羨ましいの!!』

「そうだったのね、勝手にお部屋に入ったら
無礼にあたるわ。気をつけなさい。」

にゃ〜

ごめんにゃ…許してほしいにゃ


怒っているいろはを横目に
おそるおそる朧を見るあずきちゃん

「震えなくて大丈夫だよ
いろはは、しっかり者だから
ここでわからないことがあれば
頼るといいよ」

ふわっとあずきちゃんの頭を撫でると

宝玉の蝶をあずきちゃんにつける


「わぁ、ありがとにゃ

綺麗にゃ」


「この宝玉のことは、もう知っているかな?」


「お兄さんの宝玉で、私はお喋りするために

お兄さんから借りてるのにゃ」


「そうだね。宝玉が現世に行ける通行証ということも

わかっているね。」


「わかっているのにゃ。

現世には朝陽くんがいる

また会えたら…会うことが叶うなら

あの時、伝えられなかった

お礼を言いたいのにゃ…」


朧が少し俯く


「そうか…君が会いたいと願う者に、出会えたとする
その者が君の思う姿でなかったとき
君はそれでも後悔はないかい?」


「なんのことにゃ??

朝陽くんは、朝陽くんにゃ。」


「現世に行くというのは、危険も苦しみも伴う。

肉体を持たない魂の存在の君が、

いま現世にいることのできる時間は、1日。

現世の魂の運命を変える事は許されない。

約束を破れば、相応の罰を受けることになる。

それでも相応の覚悟があるならば、

宝玉の力を使い現世渡りの術を行う」


「朝陽くんに会えるなら…覚悟の上にゃ」


まっすぐに朧を見上げてうなづくあずきちゃん


「…心配だわ。
1日と朧さまは仰っていたけど、
夕暮れまでには
貴方のお墓にもどるのよ
魑魅魍魎がふらついてるんだから
容易く食べられちゃうわよ」


「い…いろはは、やっぱり鬼にゃ!」


「なんですって?!」

「朝陽くんに言えなかったお礼を…
伝えてくるのにゃ
いろは、お兄さん、行ってくるのにゃ」

朧がうなづくと呪文を唱える


すぅ…とあずきちゃんが
あたたかな光に包まれる


『いってらっしゃい』


朧といろはの優しい言葉と

共に消えるあずきちゃん