私はどこか優等生でなければならないというプレッシャーを背負って生きてきました汗

人に褒められることは私の喜びでした

だから小さいころは苦痛ではなかった

でも母を11歳で亡くしてから「褒められる」は「褒められなければならない」に変わっていきましたダウン

祖母の口癖です

「 あそこの子はお母さんがいないからあんなになっちゃって

  お母さんがいないから女の子なのになにもできない

  と人様に言われない子にならないといけない・・・ 」

そうなんだ

お母さんがいないって事でそんな風に言われてしまうんだと思い

優等生であることがわたしにとって社会でやっと普通として認めてもらえる条件なんだと思っていました合格


その中で

家族を大切にしなければならない

というごくごく当たり前の事でさえも

自然と思えるのではなく

社会で認めてもらう為の条件の一つとしてしか感じてなかったと思いますパー


だから今家族が好きですとは言えません

自分に嘘をついてまで言いたくないという思いのほうが強いのです

大切にしなければならない事で犠牲にしてきたものがあります


でも犠牲にしてきたと自分で思っていただけでした


言いたいことも言えず

いや言わなかったのは自分


我慢してきたことは数知れず

いや我慢しようと決めたのも自分


どれも「しなければならない」が私の心を懲りかたまったガチガチごころにして

どれも家族のせいにしてしまう卑怯な私を作っていたんです


~でなければならない

祖母の口癖が私の思考回路を形成したと思ってきました

祖母のせいにずっとしてきました

だから何かあった時は余計に腹が立ち祖母にも怒鳴っていました


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違いました


どれもこれも私が自分の頭で考え

勝手に想像し勝手に決めつけ

決定してきたことでした

自分に背負わすことでいつの間にか楽な道を進んでいることに気づきました

だからといって家族が好きとはまだ言えません

でもちょっと楽です


なぜ気づくことができたかは又次回お話しますニコニコ



私の家族は

祖母、父、妹の4人家族家

母は私が11歳の時に大腸がんで亡くなりました


今日は私の天敵である父について書いていきますパンチ!


私の思う理想のお父さんって

家族の大黒柱で

決定権はお母さんに握られていてもここぞって時はお父さんで

ちょっと恐くて近寄りがたいところもあって

家族の事はいつも気にかけてて

娘としてはかなわない存在なんです


ところが

私のお父さんは

いい事を言っていてもいつも口ばっかりで

頻繁に知ったかぶりをして

歯磨きが嫌いで60歳にして総入れ歯で

人に良い顔をしすぎていいように利用されて

わかってるはずなのに見てみないふりをするし

一番腹が立つのはお金にだらしなく

おばあちゃんのお金をあてにしているのがありありとみえてむかっ


私はそんなお父さんを怒鳴りつけてしまいます

怒鳴りながらお父さんの事も自分も情けなくなってきて

どっと疲れ途方に暮れてしまいますオバケオバケオバケ


お父さんの事この年にしてだいっきらいです!!

結婚するならお父さんみたいな人っていってる人の気が知れない


こんなことを人に話すのもなんの抵抗もなく

家族のためにイベントをするなんて気も今まで一切沸かず

家族を大事に想う気持ちが私には欠落していると思います叫び






はっきりいって

30代

独身

彼もいない

と並ぶとまだまだ気の毒がられる私の周りの環境あせる


まさにその気の毒がられる代表ビックリマーク


そして現在無職ときたらどんな女性を想像されるのだろう叫び

恐ろしいおそろしい波


と、かなりマイナスイメージをもたれている思っていたのは

ついこのあいだまで

今は誰よりも自分の時間が持てる幸せな環境と心底思っているクラッカー


この時間を十分利用しない手はなく

無職になって2ヶ月でようようここにたどり着きましたチョキ

じゃんじゃん書いていきまっせーグー



無職になる前は11年程看護師をしていました病院

その時にいただいたお給料たちは

私の欲求を満たす為ほとんどが消えていき

そのおかげで現在

1人暮らしでゆっくりやっていれますカメ

貯金がないというかなりのリスクを背負いながらねっ台風