「ありがとう」という言葉。
古くは
人への感謝ではなく
神への感謝の言葉として
使われていた。
という話しをどこかで
聞いた覚えがある。
数霊と同時に始まった
私のスピリチュアルジャーニーは
様々な形で生活習慣に浸透していった。
抵抗があった素手でのトイレ掃除も
先送りにしていた断捨離も
何もなくともありがとうを言う習慣も
取り入れた。
その当時、ある食品会社で
お歳暮シーズン限定の
アルバイトをしていた。
毎日続く残業と作業の細かさに
疲れマックスだった中盤戦に突入した頃
ある正社員の女性から
心無い言葉を浴びせられた。
昔の自分なら即反撃していたはず。
でも色々と心の在り方を勉強中だったから
不思議と以前ほど怒りが湧かず
氣付いたら無視したまま
心の中で「ありがとうございます」と
言っていた。
次の日会社に着くと
心無い一言を放った
あの正社員さんが席にいない。
別の正社員さんに
事情を伺ったら
持病が出たとの事。
入院するので
年内は出て来られない、と。
そっか。
出したものに
私が反応せずに
ありがとうを唱えたから
彼女自身が
受け取ってしまったのかな、
と思った。
あの時
もしも以前の様に
売り言葉に買い言葉で
応戦していたら
学びの為に
手を変え品を変え
神様からのお試しが
続いていたかもしれない。
「ありがとう」という
言霊には
きっと人間の想像を
遥かに超える計り知れない力が
宿っている。
それに氣付くチャンスをくれた
この時の彼女にも「ありがとう」を
言いたい。
だって
元はひとつで
ワタシはアナタであり
アナタはワタシ
でもある、のだから。
読んでくださりありがとう。

