大体、田舎にある呑み屋のクチコミなんてのは、その8割が組織票(身内が高評価を書き込む)だと思っていい。


さっき行って大失敗した妖怪スナックも例外ではなかった訳だが、優しいママさんがいて安心して呑めるとかいうクチコミ詐欺は本当にやめていただきたい。

思いっきり期待して見に行った月の石くらい残念というか、蕎麦屋でカマボコ如きに千円取られた時より損した気持ちになったぞ。さっき支払った4500円が妖怪ママのリーブ21代に消えるかと思うと、どうしてもこのままホテルに戻る気持ちにはなれない。


で、足は鳥羽駅方面へ向かいつつも、営業中の呑み屋をチェックしていたのだが……




(ん?ココ開いてんな、カラオケの音もしてるやん……)




真っ暗闇に薄汚く浮かぶネオンは怪しさ極まりないが、その他の店は軒並み県外からのお客様はお断り致しますの貼り紙がしてあるため入れない。

ま、しょうがないっちゃあしょうがないんだが、流石にそれが4、5軒も続くと腹が立ってくるな。



(オレも帰ったら自分の店に貼ったろかな、鳥羽からのお客様お断りって…)



なんてイケナイ事まで考えてしまうが、普通に考えても今までウチに来た三重県民は11年間で5人くらいだったな。何の嫌がらせにもならんか。





ギギィ~ッ……




「エラシャイマーセー!」



「なっ………えっ!?」



「ナンニン?1人?」



「あ……ハイ、1人」



「ドゾ、ドゾ、ココニ座る、アナタ!」



「あ、ハイハイ、ココに座るの?ワタシ」





センスのカケラも無い外のイルミネーション。

その理由は、これまたセンスのカケラも無い白のドアを開けた瞬間に判明した。




(あらららら……外人スナックやないか、ココ)




しかも、ドアを開けたと同時に漂って来た懐かしい匂いと言語。

カウンターの向こうに見えるグラス棚に飾ってある、派手でわざとらしい置物は正に……




「エラシャイマーセ。アナタ何呑ミマスカ?」


「えっ?……あ、あぁ、え~っと……ここの料金は?」



「ンア?……アナタ初メテ?」



「そう、ワタシハジメテ。飲み放題みたいなセット、アル?」




途端にオバチャン2人が顔を見合わせてゴニョゴニョ話しとるが、残念ながらその企みの内容、オレ分かるんだわ。タイ語だから。




「カオチャイ、カオチャイ。サンパンイェンナ?ダーイ、ダーイ」



「ンアッ!?パーサータイ!?タムマイヤー!?」


ま、要するに『初めて来たみたいだけど、どうする?普通通り3000円貰う?』みたいな事を喋ってたんだが、そこへ完璧に日本人の顔をしたオレが分かってんでー、1人3000円なんやろ?それでいーよーてな事を言った訳だ。

で、えっ!タイ語話せるの!?何で!?となった訳だが、こっちだってまさかこんな所にタイの熟女がゴンズイ玉になって働いてるスナックがあるとは夢にも思わなかったのである。




「タムマイヤ!?コンタイ!?(何で?タイ人?)



「マイチャイ、コンイープン(ちゃうよ、日本人)



「ナゼ、アナタ、タイゴ、OKカ?」



「アユッタヤー、サムピー(アユタヤーに3年)



「ロオ~……(へぇー…)





如何にもダメな東南アジア系が飾り付けしそうな店内のイルミネーション。
つか、何でこんな所に子供がいてんねん。アホか。




まあ、外装と言い内装と言い、本当にタイの田舎モンが考え付きそうなピカピカをアテに焼酎を呑んだのはいいんだが、それにしても何でまたこんな田舎にタイのオバチャン達が集まってるんだろ?
そういや、さっきもスペルの間違ってるタイ料理屋があったもんな。
千葉の行徳みたいな感じなのか?ココは。




「ワタシ、イポンダケ、ビールノム、イイ?」


「タオライナ?(幾ら?)


「パンイェン(千円)


「いーよ」




行きつけのスナックの姉ちゃんから『一杯頂いていいですかあ♥️』と聞かれたら、『んな事イチイチ聞かんでエエから好きなだけ呑め』と普段なら返すのだが、何せココは三重のド田舎である。

しかも、そこにいるのが田舎の純朴娘ならともかく、のっけから多少ぼったくろうと画策していた外人のオバハンとくれば話は別だ。

過去に何度も足を運んだタイでは、とにかくボッタクリにだけは遭わない様に、一日一文の日常会話を鬼の様に勉強する毎日だった。そんな男がこんな所でタイ人にボられる訳にはいかんのだ。





「………ん?ココって家族連れも来るの?」



「アライナ?(何ですか?)



「あ、あぁ……ナックリエン(子供)、タムマイヤ?」



「ア~……マイルゥ(知らない)




おそらく近所の家族連れだとは思うが、何でまたこんな店に子供を連れて来るのか理解に苦しむ。

タイ人のオバチャンに聞いたところ、そんな事は勿論タイでもあり得ないとは言っていたが……ホント、マジで止めてほしいよな、呑み屋に子供連れて来るのは。





「アナタ、ミエジャナイナ?」


「あ、三重じゃないよ、大阪。あなたはタイのどこ出身?イサーン(東北)?」



「オー!タムマイヤ!?ナゼ、ワカッタ!?」


「え?…あ、いや、適当に言っただけ。イサーンのどこ?」



「ブリーラム」


「あー、ブリーラムか。じゃあ、あなたはコンカンプーチャー?(カンボジア人)」



「オー!ブリーラム、イタコトアル!?ワタシ、チョトダケ、カンプーチャー」


ブリーラムというのはタイ東北部の南にあるカンボジアとの国境に近い街なのだが、そこはやはり陸続きの国境だけあって混血が進んでいる。

というか、タイの至る所に点在する石造りの遺跡はクメール様式と呼ばれているのだが、このクメールという言葉は古代のカンボジアを指すのである。

その昔、カンボジアという国は恐ろしく強大な王国だったという証だな。隣で呑んでるこのオバチャンみたいに。





「ヒウマイ?(お腹空いてない?)



「あー、ニッノイ(少し




そういや、刺身の盛り合わせしか食ってなかったもんな。言われてみたら腹減ってるのだが、あの失礼なオッサンへの怒りと妖怪ママに対する絶望感で忘れてたわ。




「キンアライ?(何食べる?)



「何食べるって……え?ココでタイ料理食べれんの!?アーハーン・タイ、ダイマイ?」



「ダーイダーイ!(食べれる食べれる!)


「マジか!そりゃ嬉しいな♪んで、何が食べれるの?」



「カオパッ、ガイヤーン、ソムタム、パッタイ……」


(チャーハンと焼鳥とサラダと焼そばか……やっぱありきたりのモンしか作らへんわな。ま、しゃあないか……)



「じゃあパッタイで」






タイではビールにマナーオ(ライムみたいな柑橘類)を入れて呑むのが一般的。
オバチャンはポッカレモン入れてた。




「あ~、何かやっと楽しくなってきたな♪」

「ン?ナニ?」

「え?あー、いやいや、サヌック♪(楽しい)

「ダーイダーイ♪カラオケ、アナタ、カラオケ♪」

「よーし、じゃあカラオ……カラオケ幾ら?」

「ンア?……アハハハハ♪Free!」

(アハハハハじゃねーよ、オマエら来ていきなりボろうとしただろうがっ。ここまでキッチリ確認しとかねーと信用ならんわボケ)



そんな緊張感の中歌ったのがコレ。

言っておくが、従業員が隣に座って呑むのは風営法の許可が必要になる。

ココはおそらく……いや、それ以上にイリーガルな予感が。






「なあ、さっき頼んだパッタイは?」



「ンア~、モ・チョトダケネ。アト~、ニジュプン!」



「あとニジュプン待って、セット料金は三千円のままなの?」



「ア~!エンチョ、ダイジョブ!?」



(やっぱりな、何かやたら時間掛かると思ってたらそういう事か。ふざけんのはそのシャツにデカデカとプリントされたドラえもんだけにしとけっつーのっ!それじゃなくてもポケットのアップリケ付けときゃリアルドラえもんやないかオマエはっ!)





「ダイジョブじゃない。チェックビン!(チェックして)





現地だろうが日本だろうが、コイツらの姑息さはどこにいようが変わらんな。

ま、それなりに楽しめたから良しとするか。





「コップンカー、チョークディーナ!」





グッドラックか……





そやな、





とりあえず、鳥羽で幸運は使ってない気がする。





明日に期待しよ。












人っ子一人いない鳥羽駅のホーム。
ここから更に災難が降りかかってくるとは……